□恋愛課外授業
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それから、1週間ぐらい過ぎただろうか。

毎日を慌ただしく過ごす俺達のところに、今年もやってきた、毎年恒例の非日常。





ピンポンパンポーン♪





「え〜、授業中失礼します。只今、この地域に暴風雨警報が発令されました。児童のみなさんは…。」
「「やったーーっ!!」」

浮竹教頭の放送が終わるより先に、教室にドカンと湧き上がる歓声。
予報より速度を上げた台風が、5時間目の最中にやってきたのだ。

「よく来た台風!」
「黒崎先生、帰れるんだよね!?」
「あ〜、お前ら不謹慎だぞ。まぁ、確かに今から帰るんだけど…。」
「やったぁ!」
「できれば、午前中に来て欲しかったけどね!」

勝手なことを口々に言いながら、喜びを隠しもせず帰り支度を始める子ども達。
まぁ、俺もガキの頃は嬉しかったから、気持ちは解るけどな。

窓を見れば、ぽつ、ぽつ…とガラスを濡らし始めた雨粒。
その向こうには、校内の木々が風に揺れている。

この雨と風が激しくなる前に、子ども達が全員家に辿り着ければいいが…。
そんな俺の心配をよそに、子ども達は嬉々として学校を出ていった。











「台風、かなり近付いてきたわね。」

児童が全員無事帰宅し、風と雨の音だけが響く学校。
コーヒーを手に、乱菊さんが職員室のテレビで流れるニュースを見ながら呟く。

「まぁ、今夜にかけて最接近だしな。」
「さっきより随分雨も風もひどくなってきてますしねぇ…。」

そう言う恋次や浦原さんと、さながら海のように巨大な水たまりが波打つ運動場を眺めていれば。

「あ〜、皆揃っているか?」

校長室から出てきた浮竹教頭が、パンパンと手を鳴らした。

「まもなく定時になる。山本校長より、台風が酷くなる前に全職員速やかに帰宅するようにとのことだ。くれぐれも気をつけて帰ってくれ。」

確かに、浮竹教頭の言う通り、仕事は溜まっちゃいるが今日ばかりは早々に帰宅しねぇとな…そんなことを思い、最近いつも一緒に帰る彼女兼同僚を探す。

「なぁ、浦原さん…井上は?」
「え?そう言えば…『教室の片付けをしてから戻る』と言ったきり、顔を見てないっスねぇ。」
「も、戻りました〜。」

その時、カラリ…と開く職員室のドア。
その声にドアを振り返った俺と乱菊さんは、ギョッとして同時に声をあげた。

「お、織姫!?」
「井上!?」

中に入ってきた井上はまさに濡れ鼠状態。
俺と乱菊さんの反応に、井上は気まずそうに頭を掻いた。

「え、えへへ…。あの、台風が来てるのに、子ども達の植木鉢が外に出したままだったのに気がついて、急いでしまってきたの。せっかくもうすぐ花が咲きそうなのに、台風で折れちゃったら大変だもの。」
「植木鉢…って、全員分か!?傘も差さずに!?」
「そりゃそうっすよ!傘なんてこの強風じゃ邪魔なだけっす!」

えっへん、とびしょ濡れでデカい胸を張ってみせる井上に、俺は溜め息を吐いた。

「で、着替えは?」
「あはは。それが、更衣室のロッカーにあると思ってたジャージが、なぜかなくてですね…。」

「困りましたなぁ。」とまるで他人事のように笑う井上。
トレードマークの胡桃色の髪は濡れてぺたりと井上の背中に張り付き、俺が細い指先に触れてみれば、芯まですっかり冷え切っている。

「ばか!今すぐ帰って風呂だ!風邪ひくぞ!」
「あ〜ら一護、一緒に入ってあげるの?」
「は、入るわけないだろ!」
「まぁ、黒崎サンが井上サンをゆっくり温めてあげればいいんじゃないっスか?」
「だから、しないっス!ほら、行くぞ井上!」

これ以上ここにいても、井上は冷えるし周囲にはいじられるし、いいことは1つもない。
俺は井上と自分の鞄をひっつかみ、井上の手を掴んだ。

「あ、でも黒崎くんの車の座席が濡れちゃう…。」
「車にタオルがあるから!てか、こんな状態でバスにこそ乗れねぇだろうが!お先に失礼しまっす!」
「し、失礼しま〜す…。」
「いや〜ん、2人共お幸せにね〜!」
「だ〜か〜ら、先に帰る後輩にかける言葉がおかしいだろ!」

ひらひらと手を振る乱菊さんにそう叫んで、俺は職員室のドアをピシャリと閉めた。













「ほら、井上はまっすぐ風呂だ!」
「あ、でも黒崎くんも少し濡れて…。」
「俺のことはあとでいいから!ほら!」
「じゃ…じゃあ良かったら、あったかいコーヒーでも飲んでて。場所はね…。」
「解ってるから!」
「う、うん…。」

どしゃ降りの雨の中、高速でワイパーを動かしながら車を飛ばして。
井上の部屋に辿り着いた俺は、井上をバスルームへと真っ先に押し込んだ。

今では、すっかり通い慣れた井上の部屋。

この大雨と強風の中、自分の家へ帰る気が起きなかった俺は、井上の言う通り、コーヒーでも飲んで身体を温めることにした。

「ふう…。」

彼女のキッチンでコーヒーを淹れ、リビングのラグに腰を下ろしそれを啜る。

雨と風の音以外は静かな部屋。
すぐ傍のバスルームからのシャワーの音が、俺の耳にやけに響いて。
同時に、脳内で勝手に再生が始まる井上のシャワー姿の妄想を掻き消すため、俺は慌ててテレビをつけた。

「あ〜、台風が日本列島を覆ってる。この位置だと、風も雨もまだまだ強くなるなぁ!」

誰もいない部屋で、わざとデカい声でそう呟いて、シャワー音から必死で意識を台風情報へと切り替える。

けれど、簡単に俺の脳内の井上は消えてはくれない。
まだ見たこともない癖に、湯気に包まれている井上のしなやかな身体が、やたらリアルに目蓋の裏で再生されて…。

「あの…黒崎くん、そこにいる?」
「うぇあっ?あ、ああ!何だ?」

気付けば、とっくにシャワーを終えていたらしい井上。
バスルームから名を呼ばれ、ハッとした俺が返事を返せば、控え目な声が続いた。

「あ、あのね、その…。」
「どした?」
「……ここに、着替えが、ないの。」
「…は?……あっ!!」

帰宅後、井上を玄関からバスルームへ直行させた俺。

当然、着替えも何も用意のないまま、彼女はシャワーを浴びてしまった訳で。

じゃあ、井上は今、もしかして。

バスタオル1枚…?




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