□恋愛課外授業
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脳内が一気に、井上のシャワーシーンから井上のバスタオル1枚姿に切り替わる。
もう、俺の脳ミソのチャンネルに、台風情報が流れる余地は1ミリもなかった。

「ち…ちょっと待ってろ!今すぐ着替え持ってきてやるから!んで、ドアの隙間から渡す!」
「あ、ありがと…着替えはね、寝室のクローゼットの引き出しから適当に出してくれれば…。」
「了解!」

けれど、そんなこと井上にだけは絶対に悟られたくなくて。
井上にスマートに着替えを渡す「誠実な好青年」を演じるべく、俺は井上の寝室へと駆け出す。

「クローゼットの引き出し…ここか!」

井上に着替えを渡すまでのタイム=俺の誠実度指数、な気がして。
俺は井上の寝室に飛び込み、目に入ったクローゼットの引き出しに迷わず手をかけ、思い切り引いた。

「着替…っうわぁぁっ!!」

そして、勢いよく引いた引き出しを、絶叫しながら同じ勢いでバタンと閉める俺。
なぜなら、引き出しには丁寧に畳まれた服と一緒に、上下セットで綺麗にしまわれた下着達が…。

「…み、見てないぞ!俺は見てない!」

そう1人で叫ぶ俺の脳内チャンネルに、自動的に追加される井上の下着姿。
井上らしい清楚な、そして俺好みのパステルカラーのランジェリー姿の井上が、勝手に脳裏に浮かんで…。

「ち、違う!俺は見てないんだ!一番手前のが薄い水色だったとか、全然見てねぇから!」

俺がブンブンと頭を振って邪念を振り払った、その瞬間。

「だ、だめぇぇっ!」
「へ?」

井上の叫び声に振り返れば、俺の目に飛び込んで来たのは、バスタオル1枚に身を包んだ井上。

「い、井上!?」
「待って黒崎くん、よく考えたらクローゼットには下着が…!きゃあんっ!!」

ギョッとして目を見開く俺の目の前、何もないところで躓いて。
井上はそのまま、クローゼットを背にした俺へと倒れ込んできた。

「うわっ!」
「きゃっ…!」

ドサッ!
ゴンッ!

「痛てぇっ!!」
「ご…ごめんね黒崎くん!」

井上を抱き止めた勢いでクローゼットに頭をぶつけた俺に、腕の中の井上が慌てて飛び起き、謝罪する。
直後、俺の眼前で、するり…とほどけるバスタオルの結び目。

「だ…ダメ!!見えちゃう!!」
「うわっ…!」

バスタオルが落ちるのを阻止しようと、井上が咄嗟に俺に抱きつく。

そのまま井上にぎゅうっと抱きつかれ、背中には固く冷たいクローゼット、胸板には温かく柔らか〜い特盛…いう正反対のモノに挟まれて。

まさかの状況に、思考回路が完全にショートした俺は、そのまま固まってしまった。

「あ…。」

ザアア…。

言葉を失ったまま井上と抱き合う俺の耳に聞こえるのは、激しい雨と風の音だけ。
…いや、違う、もう一つ。
ドクン、ドクン…と台風より強く激しく胸を打つ、俺の鼓動。

「…い、井上…。」

声の震えを押し隠しつつ、俺が井上の名を呼べば。
彼女は俺の腕の中、おずおずと真っ赤な顔を上げた。

「あ、あの…黒崎くんがクローゼットを開けたら、下着も見られちゃうって気がついて…それで…。」
「だからって、バスタオル1枚で走ってくる方が、もっと恥ずかしいことになってねぇ?」
「…だ、ね…。」
「…どうするよ?」
「…どうしよう…。」

弱々しい声でそう言い、俺の肩に顔をうずめてしまう井上。

どちらからも解決策が出ることはなく、ただ無言のままに抱き合って。
漸く少しの冷静さを取り戻した俺の胸に溢れ出すのは、様々な思い。

井上のあまりの無防備かつ天然すぎる行動に、少し呆れてみたり。

その華奢な身体のラインと柔らかさを改めて意識して、戸惑ってみたり。

そんな俺の心臓の音が、実は井上に聞こえてるんじゃねぇか、なんて少しの心配をしてみたり。

…けれど、こんな風に抱き合っていれば、どうしたって募るのは彼女への愛しさ。

天然も、無防備も、華奢で柔らかな身体も。

俺の腕の中にある井上の全てを、心から「愛しい」と素直に思えて。

その時、ふいに俺の脳裏を過ぎる、恋次の台詞。




『お前と井上の場合、タイミングじゃねぇの?』





「…あのさ、井上。」
「…はい…。」

しばらく無言のまま抱き合っていた井上の名を、俺が再び呼べば、井上はまだ赤いままの顔を上げた。

ああ、まさか台風と一緒にやってくるなんて考えもしなかったけれど。

もしかしてこれが恋次の言う『タイミング』なんだろうか。

だとしたら、賭けてみようか。

「今から…オマエを抱いても、いいか?」
「……っ!!」

この場合の『抱く』が所謂『ぎゅー』ではないことを伝えるべく、俺が露わになっている井上の肩から背中をするりと撫でれば。

井上はぴくんっと身体を震わせたあと、既に赤かった顔を更に熟れた林檎のように真っ赤に染めた。

「…あ、の…。」
「…イヤか?」
「イヤとかじゃないの、ただね、その…。」

「イヤじゃない」と井上の口から聞けたことに内心安堵しながら、井上の顔を覗き込む。
井上は俺の視線から逃げるように、大きな瞳をうろうろさた。

「あのね黒崎くん、私、こういうの黒崎くんが初めてで…だから、上手くできないかもしれなくて…。」
「そんなの、俺も一緒だ。」
「ほ、本当に?…あ、でも私、黒崎くんが想像してるより体重が重いかもしれなくて、だから」
「ああもう、んなこたぁどうでもいい!」

明後日の方向にばかり不安を募らせる井上を、一喝。
驚いて半泣きの目を丸くする井上の両頬に手を添え、ゆっくりと上を向かせる。

「俺が聞きてぇのは、初めてがどうとか体重が重いとかじゃなくて、ソレをこっから先覚えてく相手が、俺でいいのかってことだ。」
「黒崎くん…。」

真っ直ぐに井上を見つめて、俺がそう問えば。
数回の瞬きのあと、井上もまたしっかりと俺を見つめたまま、ふわりと微笑んだ。

「黒崎くんが…いいです…。」
「俺も、井上がいい。」
「うん…。」
「井上が…好きだ。」
「私も…黒崎くんが、大好きだよ。」
「じゃあ…2人で一緒に、勉強するか?」
「…黒崎くんの、えっち。」

井上は、クスクスと笑って。
けれど、俺が唇を寄せれば、それに応えるように瞳を閉じて腕を回してくれた。

長い…これまででいちばん長いキスの間、多分部屋にはますます酷くなってきた雨と風の音が響いていたんだろうけど。

俺にはもう、何も聞こえなかった…。




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