□恋愛課外授業
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…翌日。

「はよーす。」

速度を上げた台風は、明け方に日本列島を通過。

まさに台風一過の青空の下、俺はいつもより少し早く出勤した。

職員室のドアを開ければ、乱菊さんや浦原さんがこちらをちらりと振り返る。

「おはよーございます、黒崎サン。」
「おっはよ、一護♪」

そして、俺が自分の机に荷物を置くと同時に、2人はニヤニヤしながらこちらに歩み寄って来た。

「…何すか?」
「で、昨日はあのあとどうだったんスか?」
「何の話っすか?」
「やぁねぇ、とぼけちゃって!濡れ鼠織姫を送りオオカミ一護が美味しく食べちゃったんでしょ?ってハ・ナ・シ♪」

…やっぱりそういう詮索か、上手いこと言いやがって。
けど、そんなのはこっちだって予測済みだ。

「や、俺はただ井上をマンションに送っただけなんで。」

俺が素っ気なくそう返せば、乱菊さんがあからさまに疑わしい目を俺に向ける。

「え〜?嘘でしょ〜?」
「本当っす。」
「嘘ツキは閻魔様に舌抜かれちゃうのよぉ?」
「だから本当っすから。」

…そりゃ、本当に本当のことを言えば、夕べは井上の部屋に泊まって一晩中イチャイチャして、今朝早起きして自分の家に帰り、シャワーと着替えとコンビニで買った適当な朝飯を済ませてここに来たワケだけど。

そんなの、フツー職場の上司に報告するモンじゃないってことぐらい、閻魔様だって知っているに違いない。

井上とは夕べベッドの中で口裏を合わせてきたし、あとは何を言われても突っぱねれば問題なしだ。

「おはようございまーす!」

その時、ガラリ…と職員室のドアが開いて、つい数時間前まで俺の隣にいた井上が爽やかな挨拶と共に現れた。

「おはよ、織姫!」
「昨日の雨で風邪をひかなくて良かったっスね、井上サン。」
「はい、乱菊さんにも浦原さんにも、ご心配おかけしました!」

井上がぺこりとお辞儀をする。
そして顔を上げた井上の視線が、俺とそれとばちっとぶつかった、次の瞬間。

「…っおはよ、黒崎くん!」
「はよ、井上。」

よし、多少固いが井上にしては上出来のポーカーフェイスだ。
俺は心の内で頷きながら、井上と今日二度目の「おはよう」を、あたかも初めてのように交わした。

…けれど。

「昨日の台風、すごかったけど大丈夫だった?」

ぽんっ。

乱菊さんのその一言で、何故か桃色に染まる井上の丸い頬。

「あら?織姫、何だか顔が赤いわよ?やっぱり熱があるんじゃないの?」
「い、いえ、本当に大丈夫です…!」
「そう?織姫はいつも無理ばっかするから…。」
「あー!そうだ井上、昨日雨も風もすごかったし、学校の周り見回りしてこようぜ!あと、風で飛ばされないようにってしまったモンも出さないとなぁ!さ、行くぞ!」
「あ、待って黒崎くん!」

慌てた俺は、乱菊さんの会話を遮るように井上の荷物を奪って。
それを彼女の机に置くと、そのまま強引に職員室から連れ出したのだった。










「…井上、ポーカーフェイス短すぎ。」
「ご、ごめんね黒崎くん…。」
「謝るなよ。俺まで照れくさくなるだろ…。」

廊下を歩きながら、思わず口元を覆う。

幸い、乱菊さんは井上の赤い顔を昨日びしょ濡れになった為の発熱と思って心配してくれていたみたいだけど。
熱ではない…となれば、当然アレコレ突っ込まれるに違いない。

「せっかく口裏合わせたんだから、何を聞かれても平然としてればいいんだぞ?」
「う、うん…頑張るね。」

ああ、頑張らないと隠し事の1つも出来ねぇところが本当に井上らしいんだけど。
しばらくは、乱菊さんと浦原さんから極力離さないとな…。

「けど、何だってあのタイミングで赤くなって…」
「あ、恋次くんだ!おはようございます!」

俺が職員室でのことを井上に尋ねようとしたその時、朝から教室の片付けをしていたらしい恋次にばったり出くわした。

「おう。一護に井上か、はよ。てか、2人揃って何してるんだ?」
「ああ、子供達が登校する前の見回りだ。ついでに、昨日しまいこんだ物を外に出そうかと思ってな。」

俺が答えれば、恋次が窓の外を見ながら頭をかく。

「あー、出さなくてもいいんじゃねぇ?」
「え?」
「知らねーのか。昨日の台風はもう温帯低気圧に変わったんだけどよ、また新しい台風が発生してるんだぜ?」
「あ…新しい台風?」

ぽんっ。

…あ。
井上の頬が、また赤くなった。

「おう。しかも3つも。」
「み、3つ?」

ぽんっ。
ぽんっ。
ぽんっ。

「…井上、何で赤くなってんだ?」
「へ?い、いいえ、べべ別に何にも…!」

…ああ、解った。

そういや夕べ、ベッドの中で「台風が来るたび、思い出しちゃう」とか可愛いこと言ってたよな、コイツ。

さっきも、乱菊さんの台詞の中にあった「台風」って単語に反応したんだ。
けど、台風が3つも発生してるってことは、しばらくは「台風」ってあちこちで聞くんじゃねぇの…?

「どうした一護、何頭抱えてんだ?」
「うぉあ?べ、別に何も…?」
「まぁ、こう頻繁に台風が来ちゃあな、頭を抱えたくもなるか。」
「あ、ああ…。」

ぽんっ。

隣でまた頬を染める井上をちらりと見ながら。
俺はこれから先、職場の同僚からの詮索をいかにかわして生活するか、途方に暮れるしかなかった…。










「…怪しいわ、一護と織姫。」
「何やら、2人の間に進展があったと見て間違いないっスねぇ。」
「うふふ、何があったのかしら?ここは1つ、上司として把握しておかなくっちゃ♪」
「アタシはあまり不粋なことはしないタチですが、万が一、井上サンが妊娠…なんてことになったら困りますからねぇ。」
「そうそう♪するべき助言は、キチッとしなくっちゃあね!」







「へっくし!」
「大丈夫?黒崎くん、風邪?」
「や、違うと思うけど…でも背中がぞくぞくするなぁ。」





そして一護と織姫を待つ、台風のごとき追及の嵐。











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