箱庭クライシス

□001
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どのくらい眠っていたのだろう。

浮上してくる意識に自分が寝ていたのだと気付く。
夢を見ていた気がするが、それがどんな夢だったのかさえ覚えていないほど、深く眠っていたようだ。

どろどろとした微睡む意識の中で体を動かそうとする。けれど、ぼーっとする重たい頭はなかなか正常に働いてくれないため、体に命令が送れず指一本すら動かせないでいる。

取り合えず、ぴったりとくっついて離れようとしない瞼を開けよう思い、時間を掛けてゆっくり、ゆっくりと重い瞼を無理矢理持ち上げる。
すると、薄く開いた瞼の隙間からぼんやりと薄暗い空間が見えた。
それと、薄暗い空間より濃い影の中に何か二つの丸いもの。暗くて見ずらいが、ぱちぱちと開閉を繰り返すそれは人が習慣的に行う瞬きで…ああ、そうだ、これは目だ。
濃い影はよくよく見れば人の形をしていて、二つの丸いものは人の目で…え、いやなんでこんな近くに人の目が見え……見えて…。


「………」

「あ、良かったぁ…目が覚めたんだね」


天井を背景に知らない男の子が、仰向けに寝転んでいる私を覗き込むように見下ろしていた。
なに、この人、誰?なんでココこんな薄暗いの?電気はどうした?てか、ここどこ?てかこの人距離可笑しくない?なんか近すぎない?いや、近い!!
何が起きているのか分からず、寝起きでぐるぐると混乱する頭では状況把握が出来なくて…。私は何を思ったのか、次の瞬間―――


「い゛っ!」

「がはッ!!?」

「はっ!?」


―――ゴツンッ!と鈍い音を立て、見下ろしてる男の子に頭突きをかましてしまった。





始まりの鐘
(いいえ、ただの頭突きした音です)





「ほんっっとーに、すみませんでした」

「もう大丈夫だから、顔上げて?ね?」

「つか覗き込んでたコイツがワリィし…それにいきなり知らない奴が目の前に居たんだ、驚かない方がおかしいだろ」

「でも…実際はなかなか目を覚まさない私を心配して、様子を見ていて下さったのに…」

「勘違いは誰にだってあるよ。だから顔を上げて、その可愛い顔を見せてくれないかな?」

「コイツに頭なんて下げなくていいぞ。なんせ、下心満載だろうからな」

「そんなことはない!!こんなに天使のような可愛い女の子が無防備に寝てたんだ!一人にして何かあったら大変だと思ってしっかりじっくり見張って」

「それを下心っつうんだよ!轢くぞ!!」

「もう本当にごめんなさい」


もう誰か何とかして。
ひたすら土下座する勢いで謝っている私に対し頭上で何か騒いでる二人(ひとりは何かつらつらと妙な事を喋ってるし、ひとりはさっきまで落ち着いてたのに怒鳴ってる)は、どうやら知り合いのようだ。なんか雰囲気的にそんな感じがする。


何故こんなことになったかと言うと、今から約五分程前―――。


目を覚ましたら見知らぬ男の子がいて、しかもかなりの至近距離で顔を覗かれてて驚き、よく分からない状況に本当に何を思ったのか気が動転していた私は、目の前の男の子を不審者と判断し勢いよく起き上がり、その勢いを利用して思いっきり男の子に頭突きをしてしまって…。
ああっ、もうなんて馬鹿なことをしたんだろう私は…。しかも自分もダメージ食らって起き上がったのにまた床に伏しちゃったし。

そして、その頭突きをもろに食らった男の子は後ろに勢いよく引っくり返って更に後頭部をゴツンと打ち付けてしまって、そのまま動かなくなったのだ。ワー、イタソウダナー。
寝起きで重く動かなかったはずの体は自分でもびっくりするほどの凄い勢いで起き上がり、鈍い音を立てて彼のおでこにゴツンッ!とぶつかった。コツンッではない、ゴツンッ!だ。


「い…った〜……」


じんじんと痛むおでこを片手で押さえながら、床に伏していた体を起こす。混乱している頭で首を動かして周り見てみると、頭突きを食らった男の子の他に、もう一人いた。暗くてはっきりとは分からないが、たぶん男の子。
立っている彼は随分と背が高い。190pくらいはあるだろうか。突然のことに驚いたのか、目を丸くしポカンと口を開けたまま微動だにしなかった。

その間私は、起き上がったはいいけど立つことは叶わずおでこを押さえてへたりこんでいたが、倒れていた男の子が突然ピクリと動いたことに驚いてビクッと肩を揺らした。
でもどうすることも出来ず、ただ、のっそりと起き上がった彼から目を離せないでいた。
男の子は顔を俯かせながら起き上がり、ゆっくりと右手を俯かせた顔に持っていきプルプルと震えだした。

ま、まさか、頭突きしたから怒っちゃった!?痛かったよね前も後ろも!でも私も痛かったよ若干涙目だし!我ながら凄い頭突きしたと思う!

ヤバイと思ったが固まってしまった体は動くことが出来なかった。怒鳴られる?殴られる?殺される?と最悪な未来を思い浮かべて顔を青くしていると、何かボソボソと喋りだした。え、なに、呪文?怒りのあまりに呪っちゃうの?
プルプルと震えていた彼はバッと勢いよく顔を上げ、


「そうかっ…君は天使か!!!」

「……んん?」


私の右手を両手でガッシリ握りしめ(あ、手温かいな)、なんと天使発言をしてきたのだ。

こんな衝撃的な出会いは初めてだ。君のような可愛い子に会えるなんて…きっとこれは運命だ。運命の導きなんだ。今日と言うこの日の為に俺はずっと待ち続けてたんだ。あ、俺は森やま―――…。

何かペラペラと長台詞を喋っている(話の内容は全然頭に入ってこないが)目の前の男の子をポカンを見ていると、ぽんっと軽く肩を叩かれた。ハッとしてそちらに顔を向けるといつの間に隣に来ていたのか、もう一人の男の子が私の肩に手を置いてしゃがんでいた。


「大丈夫か?」

「え…あ、はい…」

「そうか…。おい、いつまで手握ってんだ刺すぞ」

「俺は海常バスケ部のレギュラーだったんだ、今は引退したけど。あ、君の名前はなんて言うのかな?きっと君に似合う素敵な名ま」

「っ森山あああああ!!お前いい加減離せ!!!」


長身の男の子はいつまでも私の右手を握りしめ喋り続けている男の子の台詞に被せ、手をベシッと叩き落とした。叩かれた拍子に私の手は解放され、少しひんやりとした部屋の空気に包まれた。


「あっ、何をするんだ宮地!!俺と天使のランデブーの邪魔を」

「何がランデブーだ!!全然違ぇだろーがッ!!!」


ギャーギャーと騒いでいる二人に何がなんだかついていけない私は、いつの間にか無駄に力が入って固まっていた体が緩くほどけていることに気づいていなかった。
ハァッと溜め息をついた長身の男の子は「まぁ…なんだ」と少し遠慮気味に声を掛けてきた。(喋り続けてた男の子は長身の男の子に首を絞められ伸されてしまった)


「俺とコイツはお前より先に目が覚めたんだ」

「は、はぁ…」

「でもなかなか目を覚まさないお前を心配して森山を傍に置いといたんだ」

「……え」

「それで取り合えずお前のことは森山に任せてこの部屋を探索してたんだが…」

「………」


まぁ、森山が声を上げたから探索止めて振り替えれば、すげぇ音させて頭突きしてひっくり返った森山とお前がいるじゃねぇか。一瞬警戒したけど、お前、自分が頭突きしたのに自分の方がすげぇ驚いたような顔してるし、森山は…まぁ通常運転だが喋り始めるし。お前も俺達と同じで何も分からねぇんだと何となく思ってな。それで―――…。

何やら隣にいる男の子が続けて何か喋ってるが、その内容は右から左に抜け頭にあまり入ってこなくて…。今、私の中を埋めてるのは…


「す、すみませんでしたああああ!!」

「はっ!?」


頭突きしてしまった男の子への罪の意識と勘違いしてしまった恥ずかしさでいっぱいだった。


―――これが、約五分前の出来事だ。

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