箱庭クライシス

□002
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「取り合えず自己紹介すんぞ」

「はい、お願いします」

「オレはさっきしたし、宮地は知ってるからいいよな」

「ん?あぁ、なら」

「…あの」

「なんだ?」

「何々?どうしたの天使ちゃん」

「(天使ちゃん…)…非常に申し訳ないんですが…私、貴方の名前が分からない…です」

「…え」

「…っ……」

「何か話していたと言う認識はあるんですけど…内容が…その、全然入ってこなくて…」

「………」

「な、なら、仕方ねぇよ、なっ…も、もう一回自己紹介するんだ森やブフッ!!」

「耐えれないなら笑うの我慢してんじゃねぇえええ!!!」





自己紹介
(いつになったら始まるの)





背が高くちょっと物騒な言葉を発する男の子(いつまでも頭を下げて謝ってたら「パイナップル投げんぞ」と脅されたので物騒な人と言うイメージがついた)に頭を下げるのを止められてから数分後、取り合えず自己紹介しようという事になった。
…なったのだが、なかなか始まらない。よく喋る男の子が私に自己紹介したと言っていたが、私はされた覚えがない。されたとしたら、たぶん気が動転してた時に言われたのだと思うが…全く覚えがない。
それを言えば物騒な男の子が笑いだして、笑いだした物騒な男の子によく喋る男の子が怒りだして…結局自己紹介が始まらない。

しかし、そろそろ本題に入りたい。

なんだか怒りながら泣きそうになってるよく喋る男の子と、その彼を宥めつつ笑うのを凄く我慢しているが結局耐えれず吹き出してる物騒な男の子。
えっと…“森山くん”と“宮地くん”だったかな。
二人の会話を聞いていたところ、これが二人の名前だと思われる。が、ちゃんと自己紹介をしたい。状況把握もしたいし…とにかく、分からないことが多すぎる。

暗闇に目が慣れてきて、ぐるりと視線を動かし薄暗い部屋を見る。電気はないのかと問うたところ、私が寝ている間に部屋を散策してスイッチを発見したが、壊れているのか押しても電気は点かなかったらしい。

たぶん白い、クリーム色をした壁際には勉強机と椅子。その左右に小さな棚とベット。反対側には大きめのクローゼット。そして天井の中心には明かりが点きそうなランプのような電気(ただし点かない)と、随分と高いところに小さな丸い窓があった。その窓からは微かな明かり入ってきている。
たぶん誰かの部屋なのかもしれないが、随分と質素であまり生活感のない部屋だ。家具が少ないし、人が住んでいるような家とは思えない。


「おい……あ〜、そこのアンタ」

「………」

「天使ちゃーん」

「……………あ、」


眉間に皺をよせて部屋を見ていると、男の子たちに声を掛けられたが誰の事を呼んでいるのか分からず反応が遅れてしまった。
アンタだの天使ちゃんだの、私の名前を教えてないのだから仕方ないが、抽象的な呼び方ですぐに反応できなかった。一応すみませんと謝っておいた。
と言うか天使ちゃんってなんだろ。出会って早々頭突き噛ましちゃうような女ですよ私は。不審者にあったら(森山くんには勘違いで攻撃しちゃったけど)殺られる前に殺れと教え込まれましたから。え、なになに宮地くんより私の方がよっぽど物騒だって?…その通りだ。
私と向かい合うように胡座をかいて座っている男の子…森山くんは、少しだけ口元に弧を描いている。天使ちゃんとかふざけてるのかと思うけど、視線は真っ直ぐ私に向けられているから漸く(たぶん)真剣に話が出来るみたい。


「ごめんねさっきは、驚かせちゃったね」

「いえ、大丈夫です。と言うより私の方こそごめんなさい。心配して側にいてくれたのにいきなり頭突きなんて……うわ、思い出すと恥ずかしいな」

「そんなっ、もう気にしなくていいよ」

「そうだぞ、気にする方が無駄だ。コイツの扱いは雑でいーんだよ」

「雑ってなんだよ!」

「うっせぇ轢くぞ」


頭突きしたことを謝れば森山くんは許してくれた。見ず知らずの女がいきなり頭突きをしたのに、しかも話すら聞いてなかったのにも関わらず、それを笑って許してくれるなんて…なんて器の大きい人だろうか。変なこと言ってるけど。
宮地くんは刺すだの轢くだの笑顔で物騒なことを言うからなかなか攻撃的な人だと思うけど、あまり怖いとは思わない。不良みたいな悪い人という感じはしないのはきっと彼が優しい人だからだろう。
それを言うなら、森山くんも悪い人ではないと思う。天使ちゃんとかよく訳の分からない残念な事を言ってるけど、優しい。
…まぁ、会って数分しか経ってないからたぶんとしか言いようがないのだけど。


「じゃあ改めて…オレは海常高校三年の森山由孝。由孝くんって呼んでいいよ」


あ、森山くんって先輩だったんだ…。じゃあ、くん付けって不味いかな。
にこっと笑っている森山くんに少しだけ苦笑いする。宮地くんに「引かれてんじゃねぇか」と殴られて、「そんなことないさ!ね?」と聞かれたので今度は普通に笑って返した。「ほらぁ!」なんて言ってる森山くんは、なんと言うか…残念だと密かに思った。


「俺は宮地清志。秀徳高校でコイツと同じ三年だ」


ワー、宮地くんも三年生って先輩じゃないデスカー。
私がこの中じゃ一番年下ってことですね。分かりました。二人のことはさん付けに変更します。


「私は誠凛高校二年の夏目晴です」

「そっか、晴ちゃんって言うのか。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします森山さん」

「由孝くんで良いよ。由孝先輩でもOK!」

「…森山さん」

「由孝くん」

「森山、さん」

「よ し た か く ん」

「………」

「後輩困らせてんじゃねぇよ!!」


ゲシッと森山さんを蹴る宮地さん。
流石に知り合って間もない男性の、しかも先輩を下の名前で呼ぶのは私でも抵抗がある。じりじりと迫ってくる森山さんにどうしたもんかと後ずさりし、宮地さんに視線で助けを求めると、呆れたように森山さんにキレのある蹴りを入れた。ありがとうございます宮地さん、いい蹴りです。でも攻撃的ですね。
誰かに名前呼びをここまで強要されたのは初めてだ。…いや、だいぶ前に一回だけ合ったような気がする。取り合えず森山さんには苗字のさん付けで許して欲しいです。


「えっと…お二人は知り合いなんですか?」

「あぁ、俺も森山もバスケ部なんだよ」


なるほど、バスケ部でしたか。どおりで宮地さんの背が大きい筈だ。今は座ってるから然程気にならないが(座ってても十分大きいが)立って並んだら頭一個分以上の差が出来そうだ。
二人が知り合いなのはバスケの試合をしたときに知り合ってるとか有名な選手だからとか、そんな感じだろう。


「晴ちゃんは何か部活やってるの?」

「家庭部に入ってます。っと言っても真面目に活動してるのは僅かですけど」

「家庭部…と言うことは、料理とかも…」

「まぁ、しますね」

「ふぅん、バスケ部じゃなかったんだな」


家庭部では料理の他にも手芸みたいな事もしている。部員数(半数は女子)はかなりいるのに対し活動してるのはほんの僅かで、殆どは幽霊部員みたいな感じだ。何かに出展したりするわけでもないから、まあ文化部だしこんなもんだろうと気にする人はいない。
運動は嫌いじゃない。どっちかって言うと好きな方だし、運動神経にはそれなりに自信がある。あの年下の幼馴染みに付き合ったりして動いてたからな。ただ体力なんて皆無だからマラソンとか続かない。きつい。


「バスケ部とは知り合いじゃねぇのか?」

「誠凛の皆とは知り合いですよ。差し入れしたりするくらいの仲ではあります」

「差し入れ…!晴ちゃんの差し入れ…っ!!」

「………」

「この馬鹿のことは気にすんな…。じゃあ試合とか見に行ったりしたのか?」


「あ、はい。見に行ってましたよ。今年のインターとウインターカップですけど」


森山さんが何か悔しそうに床を叩いてたけど宮地さんにも言われたので気にしないことにした。
誠凛二年生とは一年の時はそんなに仲が良いとか言う前に知らない人もいたが、中学からの後輩とアメリカ帰りの幼馴染みがバスケ部入ってきて、その繋がりで知り合い仲良くなった。
今ではよく家庭部で作ったものを差し入れとして持っていったりしている。


「ん?じゃあらオレ達のこと知らない?」

「……ん?」

「俺らもその試合に出てたぞ、しかも誠凛と戦ったし」

「………」


ナンダッテ…?私が黙り込んでいると、やや呆れ顔でこちらを見てきた宮地さんの目が痛い。


「…夏目、お前ってさ」

「な、ナンデショウカ…」

「馬鹿だろ」

「そんなハッキリ言っちゃいますか!?」


いや否定はしませんけど!でもテストの順位はは半分より上ですからね!謂わば普通です!!
誠凛バスケ部レギュラーの後輩二人から試合を見に来るように誘われる為、大きな大会の試合は見に行っていた。試合会場では知り合いを見掛けたりすることもあった。だから、たぶん、もしかしたら、と言うか誠凛と試合した時点で絶対二人のことをどこかで見掛けたのだろう。

思い出そうと頭を悩ませる私を呆れた顔で見る宮地さんと何だか生暖かい眼差しで見る森山さんの視線が少しだけ痛かった。

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