箱庭クライシス
□003
1ページ/1ページ
―――静かだ。
宮地さんと森山さんの声が薄暗い部屋に響く。さっきまで森山さんがつらつらと長台詞を喋り、宮地さんが怒っていたからあまり気にならなかったが、とても静かなのだ。二人の声以外の音が何もしない。
普段は都内に住んでいるからいつも色んな音がして煩いくらいなのに、今は二人の声以外何も聞こえない。静かすぎて逆に耳鳴りがしてくる。そして、何より…。
「晴ちゃんどうしたの?」
「え…あ、何でもないです。ちょっとボーッとしてただけなので」
「話聞いてたか?」
「………」
「……よーし」
「わ、ちょっ、宮地さん!笑顔怖いっ、て言うかその手に持ってるの何ですか!!」
「椅子だ」
「いつの間に!?ちょっ、ま、ご、ごめっ…ごめんなさいッ!!」
状況把握
(その前に宮地さん椅子降ろして下さい!!)
宮地さんに椅子を投げつけられるのを何とか回避し、今はここに来る前は何をしていたか、と言う話になった。(それを聞いてなかったから誤魔化すように目を逸らしたら宮地さんに椅子を投げつけられそうになった)
と言うか、結局二人のことは思い出せなかった。二人の通ってる高校のバスケ部に知り合いがいるから、その子達の先輩ってことだろうと言うこと意外は分からず仕舞い。
「俺は受験勉強で学校の図書室にいたんだが、確かその帰りだった」
「オレも宮地と似たような感じだな。受験勉強してから家に帰ったよ」
「それから俺はコンビニ寄って家に帰って、ベットに横になったはずなんだが…」
その後のことは覚えてねぇな、と言う宮地さん。それに頷く森山さんも家に帰宅してからのことは何も覚えていないらしい。
自分で着替えたわけでもないのにいつの間にか制服から部活ジャージに着替えていて、気が付いたらここにいたようで。二人ともさっぱり分からないらしい。
何の脈絡もなく、気が付いたらここにいて、服まで変わっていた。でも私は服までは変わっていなかった。誠凛の制服に黒のタイツ、履き慣れたスニーカーと言う格好で、この変な場所に来る前のままだ。
はて、と首を傾げていると「夏目は?」と宮地さんが聞いてきた。
「私も学校帰りでした。何の予定も無かったのでホームルーム後、真っ直ぐ家に帰った…はず、です」
「自信無さげだな」
「なんか記憶が曖昧で…」
ぽりぽりと頬を指先で掻く。学校から帰宅するまでの記憶がハッキリしない。私ってちゃんと家に着いたのかな?…いや、着いた記憶がないからここにいるのか?…分からん。
「…共通点は『学校帰り』ってことだけか」
「そうだな…」
神妙に頷く二人はそれからもう少し話して、此処に来て目が覚めるまでの経緯は分かったけど、何故私達が此処にいる理由がまったく分からない。と言うか此処どこ。
三人が共通する点は『学校帰り』の他には特になかった。違いはコンビニに寄ったか寄らないかくらいだが…。
「どれも関係性はなさそうだな」
そう、宮地さんの言う通りだ。どう考えても関係性は皆無に等しいと思う。
それに何故この面子なのだろうか。秀徳も誠凛も都内にあるけれど、けして近い訳じゃないし。それに海常なんて神奈川だ。
大体、私は二人のことを知らない。二人はバスケ部だと言うが、私は違う。バスケ部の知り合いが多いけど、私は帰宅部だ。体力なんてない。マラソンしたらすぐばてる自信がある。まずバスケ部は関係あるの?
「ぜんっぜんわかんねぇー」とぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜる宮地さんは少しだけイラついてるように窺える。森山さんも眉を寄せて、深刻そうな表情をしている。
でも、そうなっても仕方ないと思う。私はイラついても深刻な表情もしていないが、不可解な点が多すぎて胸がモヤモヤしている。たぶんこのモヤモヤは、不安な気持ちも混ざっているんだろうと思う。
「…この部屋って、一体何なんでしょう」
「あ?あぁ…調べたが特に何も無かったし、ただの空き部屋じゃねーか?」
「棚やクローゼットを見ても空っぽだったからね。人が住んでるような形跡は見当たらなかったよ」
何もない空き部屋。電気も壊れてる(電気が通ってないだけかもしれないが)。
面識のない他校の三人が学校帰りと言う共通点だけでこの部屋に倒れてた。
うむ、なるほど分からん。どうしてこんなことになったんだろ。…考えても分からないし、当てを探して行動するのが一番かな。
「じっとしててもしょうがないですし、もしかしたらどっかに人がいるかもしれませんから部屋出てみますか?」
「「え」」
「え?」
え、なに。寧ろこっちがえ、なんですけど。
二人は驚いたように揃って声を上げて、揃ってこっちに顔を向けた。ちょ、待って地味に怖い。こっち見んな…あ、いや見ないで下さいすいません。
「晴ちゃん…怖くないの?」
「ぅえ?」
「こんな真っ暗な、しかも凄ぇ怪しい場所を怖いって思わねぇのか?」
ぅえってなんだ、ぅえって。女子としてあるまじき返事をしてしまった。地味に恥ずかしい。…まぁそれはどうでもよくて。
眉を下げてこちらを見る森山さんと、眉間に皺を寄せてちょっと睨むようにこちらを見る宮地さん。宮地さんに関しては睨まれてるからちょっとばかし怖い。
私は何か変なこと言ったのかと焦ったが、急に目の前にいた森山さんが私の手を優しく取り、包み込むように両手でキュッと握ってきた。
あれ、なんかデジャヴュを感じる。いきなりどうしたのかと森山さんの顔を窺うと相変わらず眉を下げていて、でも少しだけ笑み、目を見て「無理しなくていいんだよ」と言ってきた。
…無理って、どういうことだろう。私は別に無理なんてしてないのに。俯いてどういう意味かと首を傾げていると、急に頭をガシッと掴まれてグラグラと視界が揺れた。な、何事!?
「え、な、なにをっ…」
「んな気張んな」
顔を上げると、私の頭に手を置いてる宮地さんが傍にいた。宮地さんもやっぱり眉間に皺を寄せていて、どこか睨まれてるような感じがしたが本気で睨んでいる訳でじゃなくて…。何となく、二人の表情を見て言いたいことが分かった気がする。
大抵の女子ならばこんな場所にいたら普通、怖くて泣き出すと思う。怖くて動けないと思う。それがどうだろうか。女子である私から、じっとしててもしょうがないからと言う理由で部屋を出てみないかと言い出したのだ。驚きと同時に、私が無理をしているんじゃないかと思ったのだろう。
まぁ…怖いか怖くないで言うなら、勿論怖い。
目が覚めたらこんな場所にいたんだ、怖くないはずがない。だからと言って、黙ってじっとしているのも性に合わない。
漸く合点がいったことに、思わず笑みが浮かんだ。会って間もない相手をこんな風に心配してくれるなんて。ああ、この人は…。
「はは…ありがとうございます。でも私、無理なんてしてませんよ」
「晴ちゃん…」
「夏目…」
「こんなに頼りになる先輩たちがいるんですから、そこまで怖がる必要はありません」
「「!!」」
「寧ろ、俄然やる気が出てきました!さっさとこんな場所出て、お家に帰りましょう」
そう言って、ニッと笑うと二人はポカンとした顔をしていた。
いつまで経ってもポカンとしている二人に「二人とも面白い顔をしていますよ」と言うと我に返ったのか二人ともハッとして、「やっぱり君は天使だったんだね…!」と俯いた森山さんがとても小さく呟いて、「生意気なこと言ってんじゃねーよ…轢くぞ」と相変わらず物騒な事を言ってくる宮地さんだが迫力がないせいかあまり怖くなくて、そのあと何故かぐしゃぐしゃと私の頭を撫でてきた。かなり強い力で。
「ちょ、痛っ、痛いですって宮地さん髪が抜ける!あと私天使違う!!」
「えっ、聞こえてた!?」
「バッチリ…いったい!!宮地さん真面目に痛い!」
「俺が痛い奴に聞こえてくんだろ!」
「宮地さんって痛い人だったんですか!?」
「んな訳ねーだろ!轢くぞッ!!」
「ごめんなさいッ!」
「宮地!オレの天使を虐めるな!!大丈夫だよ、オレの傍にいれば安全んだよ」
「お前の傍にいさせる方がよっぽど危険だ!!」
「だから私天使違う!!」
最終的に滅茶苦茶になってしまったけど、こんな怪しい場所で最初に会えたのがこの人たちで本当に良かったと心から思えた。