箱庭クライシス
□004
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ドク、ドクと心臓が通常より大きく脈打つ。
自分が思ってる以上に、この扉の外に出ることを緊張しているらしい。
胸を制服の上からキュッと握り目を閉じて、大きく息を吸い、深く息を吐いた。相変わらず静かすぎて全く音が無いが、大丈夫だ。
ゆっくり目を上げれば、二人の大きな背中が薄暗い空間に見えた。
「よし、行くぞ」
「ああ。晴ちゃん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「チビんなよ、森山」
「なっ、するかよ!!」
「ブフッ!!」
「晴ちゃん…!」
「す、すみませっ…」
「おーおー夏目、笑えるなんてヨユーだな」
「み、宮地さんのせいですよっ…フッ」
「晴ちゃ〜ん…」
「ハハッ、すみませんっ」
行動開始のちUターン
(二人のおかげで力が抜けましたよ、まったく)
ギィ…と扉を開けると目の前には赤い絨毯のようなものが敷かれた薄暗い長い廊下が続いていた。右を見てみるとそちらにも同じように薄暗く長い廊下が続いていて、私たちがいた部屋は曲がり角にあった一室と言うことになる、のかなたぶん。
どちらの道の廊下の奥は真っ暗で全く見えず、暗い闇が広がっていた。うむ…なんと言うか広くないか、この家。
「ずいぶん広いな…」
「ああ…そうだな」
二人も同じことを思っていたようだ。
さっきの部屋もそうだったけど天井が高いし、なんだか廊下に敷かれてる絨毯みたいなのも、壁に彫られている彫刻も、掛けられてる絵画も、とても高級そうに見える。あれだよ、あれ。お金持ちが住んでそうな家、と言うか屋敷?館?みたいだ。
「どうする、真っ直ぐ行くか右に行くか。どっちかには進まなきゃなんねぇだろ」
宮地さんが言う通り、どっちかには進まなきゃならない。二人が話している側で、私は真っ直ぐ続く廊下を見ていた。
廊下には一定の間隔で照明と大きい窓があった。照明に関してはスイッチが見当たらないし点かないので放っておいていいだろし、さっきの部屋よりも随分と明るい。外から月明かりでも入ってきているのか、この暗さならまだ大丈夫。…まぁ、電気はあったに越したことはないけど。あるなら点けたいです。
少し進んだところに窓があり、外はどうなっているのだろうかと言う僅かに沸き上がってきた好奇心に、私は脚を動かして扉を出て真っ直ぐ続くの廊下を進んだ。
数歩進めば直ぐに着き、何か見えるかなと外を覗いてみた。するとそこには、月明かりに広がる如何にもお金持ちですよーと言いたげな広大な庭が広がっていた。
「…いやでかすぎでしょこれ」
本当にどこなんだろうかここは。都内にこんな金持ちの家あったかな。それともどっかの施設?…どちらにせよ、都内にこんな場所があったとは思えない。
高い位置から庭が見えると言うことは、私たちの現在地は二階のどこかの角と言うことになる。もっと正確な情報が欲しいが、仕方ない。
窓に手を着いて張り付くように外を見ていると、迷路のようなものがあった。たぶん植物で出来たその迷路はとても巨大で、何だか施設のアトラクションのように見えてきて…
「面白そうだなー…」
「なーにが面白そうなんだー?夏目」
「ふおっ!!?」
背後から声がしたと思ったら、ガッと頭に衝撃が走った。すると頭に何か圧力のようなものが掛かり、ミシミシと嫌な音を立ていることで漸く頭を鷲掴みにされていることに気が付く。
ギギギ、と言う音がしそうな程鈍くゆっくりと顔だけ後ろを振り返ると、190を越える身長で笑顔で私を見下ろす宮地さんがいた。私の頭を掴む宮地さんの手にどんどん力が入っていくのが分かり、思わず顔が引き吊った。
「み、宮地さん…」
「あははなーにしてんだ夏目ー。いきなり消えて何かあったのかって心配しただろー?まぁ本人は呑気に窓の外張り付くように見てるし心配して損したし、ホントもー何なんだろうなーええ?ホーント何なのお前、そんなにブッ殺されたいのかなーあははははは」
「すっ―――すみませんでしたあああああああ!!!!」
廊下に木霊する謝罪と言う名の悲鳴は、私の頭にアイアンクローをかましてくる宮地さんが止めてくれるまで続いた…―――。
*
「―――…すみませんでした」
「ったく…次勝手な行動したら埋めるからな」
「はい…」
「宮地、女の子にそう乱暴なことをするな。でも晴ちゃん、オレたち凄い心配したんだよ?だから、次行動するときはちゃんと言ってね」
「はい…ごめんなさい、森山さん」
分かってくれたなら良いよ、と笑って頭を撫でてくれた森山さんにまたごめんなさいと謝った。
宮地さんの頭ミシミシ攻撃もといアイアンクローから解放された私は、ぐったりと項垂れて二人の言うことに素直に頷いていた。
私が窓の外を見に行ったあと、二人はどっちに行くか話していたらしい。でもどっちに行けばいいか分からないから、じゃんけんで決めようと言うことになったらしい。宮地さんが勝ったら真っ直ぐ、森山さんが勝ったら右。それで、じゃんけんで決めても良いか私に聞こうとしたところ、私がいなくなっていたことに驚いた二人は私の身に何かあったのかと焦ったらしいが、直ぐそこの窓に張り付くように外を見ていた私がいたことに安心して、でも勝手な行動した事を宮地さんが怒ろうとして足早に近付いてきたところ、「面白そうだなー…」と言う呑気過ぎる私の呟きを聞いてしまった宮地さんは心配して損したと、そりゃあもう素敵な笑顔を浮かべて私にアイアンクローをしてきた。と言うのが、今回の詳細だ。
今回私が学んだのは、宮地さんを怒らせたらすげぇ怖い、と言うことだ。マジで怖かった。
それともう一つ、勝手な行動をしては駄目。二人に心配を掛けてしまったことはとても申し訳なく思う。森山さんの言う通り、ちゃんと言ってから行動に移すようにしよう。
「んで、何か見えたのか?」
「あ、はい。外に凄いおっきな庭が広がってまして、どうやらこの家凄いお金持ちの家のようです。あと現在地は二階のどこか角かなと推測しました」
「二階?」
そう言って宮地さんは睨むように外を覗き込んだ。森山さんも一緒に外を覗き込んでいて「ここ二階なのか?」と言ってきたので「たぶんそうです」と返した。
「…あれか、さっき見てたのって」
「え、あ〜はい。あのでっかい迷路みたいなのが面白そうだなーと…」
「………」
「うぐっ、そ、そんな目で見ないで下さい…」
凄い呆れられた目で見られた。い、良いじゃないですか!ちょっと面白そうだなーって思うくらい!しかし怒られたばかりだから肩身が狭く何も言えないので苦笑いをした。
窓の外を見ている二人を見上げると、外から入ってくる月明かりに顔を照らされていた。
茶色のような金髪のような少し長めの髪に大きな瞳(童顔、と言うのだろうか)をした宮地さんと、さらりとした黒髪に切れ長の目をした森山さん。
…さっきの部屋は暗くて気にならなかったが、二人は、あれだよ。うん。あれ、俗に言うイケメンと言うヤツだ。
何だろう、ただ窓の外を覗いてるだけなのに様になっちゃうのは。わーもうやーね、イケメンって何やっても様になるから狡いわ。
若干遠い目で二人を眺めていると、離れたところから微かに変な音が聞こえてきた。気のせいかと思ったが、確かに聞こえてくる音に人がいるのかと思った。
二人はまだ外を見ていて、どうやら音に気付いてないらしい。伝えた方が良いだろうと思い口を開いた。
―――…ビチャ……。
しかし、耳に届いた奇妙な音に声が出せなかった。
ビチャ…ビチャッ…、と近付いて来ている音に疑問を覚えた。誰か水遊びでもしたのか?それとも通り雨に当たってずぶ濡れになった?なんでそんな濡れたような音がするんだ。
…分からない。ただ一つだけ―――それはあまり“良いもの”とは言えないだろう。
私は外を見ている二人の手を取った。いきなりだったから驚いたのだろう、一瞬ビクッと震えた二人は瞬時に振り返って私を見下ろしてきた。
「な、なんだよ」
「どうした、の?あ、もしかして怖くなった?だったら我慢しないでオレの胸に飛び込んで」
「いいからお前は黙っとけ」
なんて言えばいい。何か近付いて来てるから一旦部屋に戻ろう?何かって?何かって何だろう。分からない、でも怖くて嫌な感じがするもの。
「あ、の…」
なんて言えばいいの。ぐるぐると焦りだけが募って、でもここから離れないとと言う気持ちだけが二人の手をくいっと引っ張った。
「…?どうしたんだよ」
「晴ちゃん…?」
ビチャッ、ビチャッ。さっきよりも確実に近付いてきている。
それに気が付いたのか森山さんが一瞬、廊下の奥に目を向けたが、私は繋いでいる手に力を込めて、グイッと二人の手を引っ張った。二人は抵抗することなく私に引っ張られてくれて、そのまま来た道を戻り一番最初の部屋に入った。
扉を閉め、鍵を…掛けたかったが鍵はなくて、兎に角、扉とドアノブを押さえた。
ああ、なんでこんなことになったんだろ。