箱庭クライシス

□007
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どうしよう、変な不安を与えてしまっただろうか。
強張った二人の表情を黙って見て、付け足すように小さく「たぶん…」と言うと沈黙が流れた。うん…いや、でもまあ本当の事だし言っといて損はないと思うけど、この状況は非常に気まずいものがある。
どうしたものかと軽く焦っていると宮地さんがゆっくり口を開いた。


「何を思って…その考えが出たんだ?」


神妙そうに、でも真剣に聞いてくる彼に私もゆっくり口を開いた。


「……確証はないんですけど、アイツが扉から離れてく寸前に何か聞こえたんです」


私の言葉に、二人はハッとした表情を浮かべた。
ヤツが離れてく寸前、確かに何か聞こえた。この場に不似合いな程明るく、楽しそうな、あの、


「…笑い声」


ぽつり、と呟いた森山さんに頷く。宮地さんも納得したように頷いた。
二人にも聞こえたということは、その笑い声の主との距離はそれほど離れていないと推測できる。
私たち以外にも人がいると言うことに少しばかり心が軽くなったが、逆に私たち以外の人は何故こんな場所にいるのか、果たして笑い声の主は本当に人なのかと言う疑問が出てくる。
しかしその答えを持ち合わせてる人はいないから、それを考えるのは後だ。


「アイツはその笑い声のした方向へ向かいました。だから“音”もしくは“声”など、そういったものに反応してるんじゃないかと思いました」

「なるほどな…」

「確かにそれなら、アイツが扉から離れてった訳も頷ける」


まだ確信はないから絶対にとは言えないが、もし、私の考えが当たっているのだとしたらアイツに対してそれなりの対処が出来ると思う。
だがもし、本当に私の考えが当たっているのだとしたら…。


「…あの…」

「なんだ?」

「その…ですね……」

「どうしたの?」

「もしかしたら、なんですけど……アイツが来たのって…私のせいなんじゃないかなーって、思ったり、して…」

「………」

「………」

「………」





二人の手
(お願いだから沈黙はやめて下さい…!)





「お前…何言ってんだ?」


低い声で、じとりと睨んでくる宮地さん。


「そうだよ晴ちゃん」


どうしてそんなことを言うの?、とでも言いたげな表情でこちらを見る森山さん。


「いや、その…もし本当に声や音に反応してるなら、私が廊下で叫んじゃったのが原因じゃないかと思いまして、ですね…」


そしてそんな二人に、まるで警察に尋問されてる犯人のように彼らの目の前に正座している私は刺すような視線から逃げるように顔を俯かせる。

実際、アイツは音に反応してる。じゃなきゃ、笑い声が聞こえたタイミングでいなくなるはずがない。しかも笑い声がした方向へ向かったし…。私たちを襲ってきた時だって、私が叫び声を上げるまでは何の問題もなかった。そして逃げ込んだ部屋へしつこくぶつかって入ろうとしてくることだってなかっただろう。
アイツが来たのは偶々だったのかもしれない。私が原因だと言うのは考えすぎなのかもしれない。
それでも、今の私はそうとしか思えなかった。

黙ってじとりとに睨んできていた宮地さんはその目を伏せ、一つ溜め息を漏らす。それに敏感に反応してしまった私は、肩をビクリと震わせた。
私のせいで二人を危険な目に遭わせてしまい罪悪感が積もる。責められても可笑しくはないし、それをどうこうしようとも思わない。事実、私が叫ばなきゃ今こうして最初の部屋に戻ってきてはいない。


「夏目」

「…は、い」


宮地さんが私を呼ぶ。喉に何か詰まったように、上手く返事が出来ない。
すぅ…と息を吸った宮地さんの次の言葉を待つように目をぎゅっと閉じる。


「バカだバカだとは思っていたが、ここまでのバカだとは思わなかったぞ」

「え、突然の悪口」


閉じたはずの目は溜め息と共に紡がれた彼の言葉で弾かれたように見開かれた。


「おバカな晴ちゃんも可愛いけど、今のは頂けないな」

「森山さんまで!?」


更に森山さんの言葉にバッとそちらに顔を向けた。

胡座をかいて頬杖を着き、呆れたように溜め息を漏らす宮地さん。まったくしょうがない子だな、とでも思ってそうな表情で息を吐く森山さん。
そんな二人を惚けたように見つめる私は、少なからず責められると思っていたから彼らが発した言葉が予想していたものと全然違っていて少し呆気にとられていた。責められていると言うより、馬鹿にされてるというか…いや馬鹿にされてるんだよ。確実に馬鹿にされてるんだよ。


「つか、遅かれ早かれ、きっとアイツには見つかってたんだ」


それが今だっただけだ。
そう言って立ち上がると宮地さんはぐっと背伸びをしてストレッチするように体を動かした。
彼の言った言葉を噛み砕いて理解するのに時間がかかり、黙って彼を見上げていればそれに気付いたのか頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。いや、撫でると言うより頭を鷲掴みされてグラグラと揺らされてるような気がする。
少し乱暴だが、でも、まあ、こういう撫で方は宮地さんらしい気もする。何より、初めて会ったときと変わらない彼の態度になんだかほっとした。
彼の大きな手が離れれば、撫でられた頭はボサボサになっていた。まあ、そりゃそうだよね。そんな私を(主に頭を)見て満足したのか知らないが、鼻で笑って後ろを向いた彼の背中をぼんやりと見ていれば今度は撫で付けるように髪を直してくれる森山さんが隣で笑っていた。


「宮地はね、気にするなって言いたいんだよ」

「え…」


気にするなって…、え?
つまり…?、と考えていれば「うっせぇ森山、轢くぞ」と宮地さんがいつこちらを向いたのか知らないが座っている森山さんを蹴っていて、「理不尽だ、通訳してやっているのに。ねぇ?」と宮地さんの蹴りを防ぎながら私に同意を求めてくる森山さんがいた。


「ん、……うん…?」

「はは…まぁ、そーゆーことだよ」


そーゆーことって、どーゆーことですか。
頭が上手く働かなくて二人の言ってる意味がよく分からず、森山さんにされるがまま髪を直されていれば仕上げにぽんっと頭を撫でられ森山さんも立ち上がった。
何がなんだかといった様子で座り込んだまま首を傾げていれば目の前にスッと手を差し出された。その手を辿って顔を上げれば森山さんが少し屈んで私に手を差し出していた。
顔と手を交互に見つめていれば立てる?、と聞かれた。そこで森山さんの意図を理解し、彼の手を取ると掌がじんわりと暖かくなった。くんっ、と引っ張られその勢いですんなり立ち上がることができ、さすが男の人だなと意味もなく感心してしまった。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。…それにしても」

「はい?」


真剣な顔つきでいまだ繋いだままの私の手を見つめる森山さんに、何か付いているだろうかと自分の手を見る。しかし見たところ何もなさそうだが…。


「晴ちゃんの手、小さいね」

「え、あぁ…」


何を考えていたのかと思えばそんなことか。真剣な顔つきだったから何事かと思いましたよ。


「まぁ、男の人と比べたら小さいですかね」

「うん、そんな晴ちゃんもやっぱりかわい」

―――ベシッ!!

「痛っ!?」

「いつまで手ぇ握ってりゃ気がすむんだお前は!」


繋がれていた森山さんの手が叩き落とされたと思えば宮地さんが鋭いツッコミを入れてきた。キレッキレですね。


「そりゃいつまでもッ!!」

「………」

「………」


しかし、そこは何と言うか、さすが森山さん。即座にガッシリと私の手を再び握ってきた。最早何も言うまい。というか言う言葉が見つからない。きっと私の目は死んでいるに違いない。ああほら、宮地さんの目も死ん、で……しん…。


「………」

「ちょっ、ちょぉおおおおお落ち着いて宮地さんっ!!冷静に、冷静になって椅子を下ろしてえええ!!」


だが、今にも掴んだ椅子を振り下ろさんばかりに笑顔を引き吊らせている宮地さんはさすがに止めようと思った。じゃなきゃ死んじゃう!!(森山さんが)

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