箱庭クライシス

□008
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side MIYAJI


「もういないかな」

「たぶん…何の音も聞こえないのでいないと思います」


扉に耳をくっ付け、外の様子を探ろうとしている森山とその森山の傍に立つ夏目の姿がある。

『───アイツが来たのは、私のせいかもしれない』

そう言った夏目は目を逸らすことなく真っ直ぐ俺たちを見ているが、その瞳は不安そうに揺らいでいた。
そう思った訳を聞けば呆れてしまうような理由だった。つか叫んだって…俺がアイアンクローかけたからじゃねぇか。なのにコイツは一切俺のせいだとは言わない。遠回しに責めてんのかと一瞬思ったが、そうじゃない。本当に全部、自分のせいだと思っているんだろうな。
…どうしようもなく、バカな奴だと思った。ネガティブとかそう言う問題じゃねぇ。バカだ、ただのバカ。どうしてそう全部自分のせいにする。俺にだって原因はあるはずなのに。


「宮地さん?」


ハッ、としていつの間にか閉じていた目を開ければ、目の前には俺を見上げる夏目の姿があった。この部屋は薄暗くてはっきりとものが見えないが、廊下に出たとき窓から入ってくる月明かりに照らされた夏目を思い出す。
胸元くらいまで伸ばされた黒髪は少しふわりとしていて柔らかそうで、瞳は金色かと思ったが蜂蜜みたいに透き通るような、でも深く濃い色をしていた。
あのときは月明かりに照らされて伏せ目がちに外を見ていた為か幻想的というか、少し儚いようなそんな印象を持った。まぁそんな印象も次の「面白そうだなー…」なんて言葉で全て消え去ったけど。


「あの、宮地さん?…聞いてますか?」

「ん……あぁ…」


曖昧に返事をする俺にどうかしました?、と眉を下げて聞いてくる夏目をじっと見下ろす。
柔らかそうだと思った夏目の髪を触ってみれば思ってた以上に柔らかくて、悔しいことにすごく手触りが良かった。くそ、夏目のくせに生意気な……いや、そうじゃない。
コイツは自分のせいだと思ってるみたいだが、俺はそうは思わない。俺だけじゃない、森山だって俺と同じはずだ。

―――俺たちはコイツに、夏目に助けられたんだ。

出会って間もない俺たちを信じ、頼れる先輩達だと言ってくれたのに、逆に守られてどうすんだよ。男として情けねえ。

俺も森山も、夏目とは全く面識がない。謂わば他人だ。だから別に夏目を助ける理由も守る理由もない。
だが、そうしたらどうだ? 夏目だって俺たちを助ける理由なんてないはずなんだ。
なのに夏目は俺たちを助けた。逸早くヤツが近付いてくる音に気が付き、俺たちの手を引いてこの部屋に避難した。
それがたとえ、本当に夏目が原因でヤツが来たんだとしても、恐怖に震え、混乱しながらも俺たちを助けてくれた。
その事実は絶対に変わることはない。

だが、夏目は俺たちに何も言わず自分の判断で行動した。それが悪いとは言わない。寧ろ、そのおかげで助かったんだ。
でも、今回はその判断が功を奏したが、夏目のことだ。いつ、変な気を起こすか分かったもんじゃねえ。
何が言いたいのか自分でもよく分からない。ただ、そのうちコイツは、何かを守るため助けるために自ら危険に飛び込むんじゃないかと妙に不安になる。


なら、俺は、その不安を紡ぐために夏目を守ろう―――


「み、宮地さ〜ん…」

「ん?……って、なんだよその顔」

「……宮地さんの突然の笑顔に恐怖してます」

「………」

「ぁ、いっだあああ!!!」


―――いや、守ってやらんこともない、だな。


side MIYAJI end





二人の決意





side MORIYAMA


「うぅ…何故だ…何故またアイアンクローをされなければならなかったんだ」

「お前が変なこと言うからだ」

「ワタシ事実シカ言ッテナイ」

「殴る蹴る埋める」

「撲殺予告、だと…?しかも律儀に埋葬してくれる宮地さんやっさしー」

「…ほぅ?」

「ワー…森山さん助けて下さい」

「ハッ、晴ちゃんが俺に助けを求めてる…!?さぁ晴ちゃんこっちにおいで!俺の腕の中が一番安全だ!!」

「いや一番危険だ」

「撲殺予告している宮地には言われたくない。夏目ちゃん、オレ危なくないよ!」

「取り合えずどちらも身の危機を感じるので一人でノープロブレムです」

「「………」」


何故だ、晴ちゃんから距離を取られた。
あ、宮地もかざまぁ。と思っていたら宮地に蹴られた。痛い。
蹴られた所を擦りながら宮地にまたアイアンクローをかけられそうになってる晴ちゃんを見る。
逃げ回ってる今の彼女の様子からは先程の変なヤツに怯え、混乱していた様子は見受けられない。だいぶ落ち着いたようでそんな様子にほっとしている。
それに、なんと言うか、最初の時より口調が崩れて少し距離が縮まった気がする。


「ちょっ、ほんとに止めてくださいマジで痛いんですから!!」

「大人しくしてりゃ痛くしねぇよ」

「そーゆー台詞ってよく悪役が言いそうですよね」

「………」

「いったあぁッ!!」


あ、宮地に捕まった。と言うか晴ちゃんのあれは無意識なのかな?無意識で宮地を挑発して、更には煽ってるのかな?
あぁもう、女の子には優しくしなきゃ駄目だろ。そう言ってやろうとしたがふと、先程の宮地を思い出した。
晴ちゃんに声をかけられていたが何か考え事をしていたのか上の空だった。まあ、宮地が何を考えていようがオレの知ったことじゃないが、オレが気になっているのはあの時のあいつの笑みだ。
宮地はよく怒るときに笑顔になったりしているが、それとは全く違う。なんと言ったらいいか分からないが、優しげに晴ちゃんを見るその瞳はまるで、……ハッ!!


「まさかお前も狙っているのか宮地!!」

「なんの話だよッ!!」

「まさか宮地が晴ちゃんを狙っていたなんて…!いや、オレは諦めないぞ。晴ちゃんを宮地なんかに渡さな、」

「だからなんの話だっつーの!!」


宮地の回し蹴りがオレのわき腹にもろに入った。クソッ、いい蹴りもってんじゃねえか…。


「そろそろ移動しませんかって話をしてたんですけど、宮地さん、なんだかぼぅっとしていたので…」

「…そうか…いや、悪い。何でもないんだ」

「そうですか? なら、移動しましょう」

「ああ。って、どこに向かうか決めてんのか?」

「えっと、決まってはないんですが…」


淡々と話を進めていた晴ちゃんだが、行き先を決めるに当たってオレの方にチラリと視線を向けた。オレは彼女の隣に立ち、宮地がボーッと何かを考えている間に彼女と話していたことを伝える。


「笑い声の主を捜しつつ、この館の出口を確認しようと思う。またいつ、さっきみたいな奴に襲われると限らないし」

「出口が見つかったら外から館の全体像を見てみたいです。庭を見た限りでもかなり広い館だとは思いますが」

「そうだな…この館を探索しつつ、笑い声の主と出口を探して、もし出口を見つけたら館の全体像や辺りを見てここがどこなのか確認する。分からなければこの館の住人を捜してみる。途中でさっきの奴に遭遇したら逃げることを最優先、それでいいか?」


宮地が上手くまとめ、それにオレたちは頷く。さっそく行動に移そうとする宮地を遮るように、晴ちゃんは小さくあの、と声をかける。そうすれば必然的に宮地もオレも、なんだろうと彼女を見るように顔を向けた。


「なんだよ」

「その、……さっきは守ってくれてありがとうございました」


思わず目を見開いた。モゴモゴと少し口ごもった彼女は、一呼吸置いた後、お礼と一緒に頭を下げてきた。
長く柔らかな黒髪もふわっと重力に従い落ちていく。唖然としているオレらを置いて彼女は頭を上げ、言葉を続ける。


「お二人にちゃんとお礼を言ってなかったと思いまして…」

「…は、いや、」

「男と比べたら、女の私は非力で二人の足手まといでしかありませんし、だからと言って足手まといのままで居たくもありません」

「晴ちゃん…」

「私も、二人を…っ…」


何か言いかけたが言葉が続かなくて沈黙する彼女は、言いかけた言葉を消すように目を伏せ、首を横に振る。


「いや…『守る』なんて言葉、私が簡単に口にしていいものじゃない」


わずかに震える声はどこか自嘲気味ていて、そんなことないと言ってしまいたかった。でもこんな言葉じゃ何の気休めにもならないと思ったから、黙って晴ちゃんの言葉を待つしかなかった。
宮地もそう思ったのか、はたまた最初から黙って聞くつもりだったのか分からないが、静かに
彼女を見ていた。


「力もない、頭だってそんなに良いとは言えない…。さっきだって、お二人に守られてばかりで何もできなかった。それで、無責任に『守る』なんてことを言っちゃいけない。それでも、足手まといのままは嫌だ…なんて、矛盾してますね…。私にできることは何かと考えても、特別思いつきません…」

「………」

「………」

「だから、私は、私にできる限りあることをやります」


凛とした声でそう言い切った彼女。
部屋に唯一ある小さな窓から入る僅かな光によって見えた、オレたちを真っ直ぐ見据える彼女の双眼。


(怖くないなんてこと、あるはずないのに…)


守られてばかりは嫌だと、足手まといのままでいたくないと言い、オレたちのことを守りたいと思っていてくれた優しい子。
でも、自分には力がないと悲しみ、苦しんだ、か弱い女の子。
それでも、自分にできる限りのことをしたいと恐怖に打ち勝つ強い意思のある子。


(あぁ、どうして彼女はこんなにも…っ)


どこまでも優しく、強かな子なのだろうか。
だからこそ不安になる。無茶をしないかと、怖くなる。
―――いや、そうさせないためのオレたちだ。


(彼女にそんな危険な真似をさせない、絶対に…)


―――守ってみせる。


side MORIYAMA end

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