箱庭クライシス
□責任とるよ!
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赤い絨毯が敷かれた廊下。一定の間隔に置かれた白のシンプルな枠に縁取られた大きな窓。だが、場所が場所な為か、どこか高級感を感じさせる窓となっている。
そんな窓からは青白い月明かりが漏れ、舞っている小さな埃がキラキラと照らされている。どこか幻想的で、不思議な雰囲気を醸し出す。
普段の私ならこう言う雰囲気の場所は嫌いじゃないからそれなりに楽しんでいたと思う。
―――そう、こんな現状でなければ楽しめたと言うのに…。
「ほーっんと!やんなっちゃう!!」
「黙って走れ夏目!!」
「スミマセンッ!!」
さぁ既に始まっております、化け物との鬼ごっこ!実況は私、誠凛高校二年の夏目晴がお送りします!!
……なんて暢気なことをやってる場合ではない。後ろから言葉なのかもよく分からない音を発しながら(捉え方によっては発狂しながら)追いかけてくる化け物をバタバタと慌ただしく音を立てながら走る三人がいる。…と言うか。
「た、体力の限界が近い…っ!」
「早ぇよっ!まだ走り始めて一分も経ってねぇぞ!?」
「わたし…っぶ、文化部デス、から」
「文化部に入ったお前を恨む」
恨まれる意味とは。てか宮地さんが私を恨む意味とは!?
私の少し後ろを走る宮地さんと会話しながら一人、ゼェハァと息を切らして走っていれば急に手を取られてぐぃっ、と引っ張られた。視線を向けた先には私の少し前を走る森山さんの後ろ姿。彼が私の手を掴んで引っ張ってくれたおかげで走るスピードが少し速くなった気がした。そのスピードに脚が着いてこなくて転けそうになったとかそんなこと……無いわけではない。が、引っ張ってってくれるのは正直ありがたい。
「晴ちゃん頑張れ!!」
「は、はいッス!!」
「だからそれやめて!?ね、やめよ!?」
「え、それって、ど…どれ!?」
どれをやめろと言うんだ森山さん!!
森山さんとよく分からない会話をしていれば後ろから地を這うような、とまでは言わないが低い声で宮地さんが怒鳴ってきた。
「テメェらッ…黙って走れ埋めんぞゴラァ!!」
……一瞬の沈黙。三人の息切れの声と騒がしい足音、後ろから追い掛けてくる化け物の不気味な声だけがその沈黙の中に響いたが、ふと先程の宮地さんの言葉に思うところがあった。それは森山さんも同じようで、チラリと宮地さんを見て、次に私を見たときの微妙な表情に全てを察した。きっと同じことを考えてる、と。
「……宮地よ…埋めるんだったら…!」
少しの沈黙の後、言葉を紡いだ森山さんに続いて私は叫んだ。
「後ろのヤツを、埋めて下さーーーいッ!!」
* * * * *
「やっと撒いた…」
「さすがに疲れたな…晴ちゃん、大丈夫?」
「………」
「返事がない、ただの屍のようだ」
「晴ちゃーーーんっ!!」
「勝手に殺さんでください宮地さん、生きてます。あと森山さんも、然り気無く抱きつかないでください」
「おぉ、生きてたか。わりぃわりぃ」
「良かった晴ちゃん生きてたぁぁ!!」
…貴方たち遊んでますよね。完璧に。
あれから、化け物から何とか逃げ切った私たち。宮地さんが「…んなもん、できたら苦労しねぇよバーカ!!」と小学生みたいに言ったのがなんか可愛らしく思えたあたり、そうとうテンパっていたんだと無理矢理納得し、化け物から逃れるために今いる部屋へと逃げ込んだ。幸い化け物は部屋の前を通過して行き何とか難を逃れた。
入った部屋は、私たちが倒れていた一番最初の部屋と似ていたが、電気は通っているようで明かりが点く。明るいだけでもちょっと安心感がある。
走り疲れて森山さんにされるがままだったが少し体力が回復し、森山さんを軽く叩き離れるように合図する。すると森山さんは渋々と言った様子で離れ、そこで漸く私は一息吐いた。
ところがどっこい、
「おい、夏目!」
「ハイッ!?…って何ですかいきなり」
ひと安心していたら、いきなり宮地さんに大声で呼ばれた。本当に何ですか吃驚したじゃないですか。
「お前、その顔…」
「顔…?」
顔がどうしたんだ?顔が残念だなって言いたいのかなそうですかそんなこと知ってますよッ!!
「晴ちゃん…!その傷はどうしたんだい!?」
「え、傷!?誰か怪我したんですか!?」
「人の話聞けよ!!」
ーーーバシッ!
勢いよく森山さんの方を振り向いたら後頭部に衝撃が走った。え、何で。
「痛い!!何故叩かれた!?」
「晴ちゃんを叩くな宮地、怪我人だぞ!」
「だから誰怪我したんですか!」
「だからお前だよ!!」
ーーーベシッ!
後頭部を叩いた宮地さんの方を振り向けば、今度は額に衝撃が…と言うかデコピンされた。
「痛い!地味に痛い!!てか、え…怪我人って私なんですか?」
「鈍い」
「鈍いね」
解せぬ。何故こんなに鈍いと連呼されなければならないんだ。
少しムッとしながら自分の体をあちこち見る。
「…どこも怪我なんてしてませんよ?」
「ここだよ、ここ」
森山さんが左手で自分の左頬を指先でトントンと叩く。森山さんと向き合い、鏡を見ているように右手で右頬を触る。
ぺたぺたと自分の頬を触るが、ムニムニするだけで特に怪我なんてないような気がするが…。
「ばーか、逆だっつーの」
宮地さんの溜め息混じりの声が聞こえたと思った次の瞬間、チリッという鋭く小さな痛みが左頬に走った。
「───ッ!?」
無防備に気を緩めていた私にはあまりにも突然過ぎて声を上げられず、痛みを受けた体だけが敏感に反応し肩が、と言うは体全体がビクッと大きく跳ね上がったのだ。
「「「………」」」
…え、なに、何が起きた。二人とも驚いたように目を丸く見開いて私を見下ろしてる。私も驚いて固まってしまった。
チリチリと火傷を負ったときのような痛みが頬に感じる。あぁ、本当に怪我してるんだな、とぼんやり思ったと同時に突然頬に走った痛みは宮地さんが傷を触ったからだと分かった。
「…な、にするんですか、いきなり……ビックリするじゃないですか」
「お、おう…わりぃ…」
いや、ビックリしたのは思いっきりびくついた自分にだ。そりゃ宮地さんの突然な行動には驚いたけど、どっちかって言うと今は自分が起こした言動に驚いてる。
ただ何となく大袈裟にびくついてしまった自分が恥ずかしくて、つい責めたような言い方になってしまったが全然責めてないし怒ってない。逆に謝らせてしまって申し訳ないごめんなさい。
「いつ怪我したんだ?」
「今さっき教えて貰って気付いたから分かりませんよ」
怪我があると思われる部分を指先で触るとチリッと痛みが走った。うむ…本当に怪我してる。逃げてる途中で何かでかすったかな。
「晴ちゃん…」
「はい、どうかしました…か……」
俯いていた森山さんに名前を呼ばれたかと思ったら急に手を握られた。
「森山さん…?」
「森山お前な、こんな時までそーゆーこと」
「……るよ…」
「え?」
「ん? 何か言ったか?」
ぼそぼそと何か喋った森山さんだったがいまいち何と言ったか聞き取れなかった。宮地さんが聞き返せば突然俯いていた顔を上げ、高らかに、まるで宣言のように言ってきた。
「責任とるよ!!!」
と、今日一番のキメ顔で。一時思考が停止し、言葉の意味を理解する前に私の頭はビックリマークとクエスチョンマークで埋め尽くされた。
それは宮地さんも同じだったのか珍しく森山さんの行動に動揺している。私も動揺してます。
「晴ちゃんの柔肌に傷ができたなんてもしご両親が知ったら悲しまれるに違いない。大切な娘なんだ、きっと悲しまれる。でも安心して晴ちゃん、君のことは、この森山由孝が必ず幸せにして――…」
あ、これはダメだ。途中から森山さんの話を聞くことを放棄した。
いまだに何か言っているが、手をガッチリ握られているため逃げるに逃げられない。宮地さんに助けを求めるように視線を向ける。されどそこにいるのは、ジト目で「諦めろ、俺は諦めた」とでも言いたげなオーラを放っている宮地さんだった。
いや、もしかしたら私の勘違いかもしれない実際は宮地さんそんなこと思ってないかもしれない。そうだきっとそうだ、だから助けて宮地さん諦めないで、ああっ!そんな大きなあくびをして…!
駄目だ、あの人完全に諦めモードに入ってる。ウソだろ、なあ嘘だと言ってくれよ宮地さん!そんな背伸びしてないでさぁっ!?
「ふぁ…」
「………」
宮地さんに助けを求めることを諦めた。こうなったら自分でなんとかするしかない。
視線を森山さんに戻し、彼の目をじっと見つめ返す。すると長々とお喋りをしていた口の動きが急にピタリと止まった。
うん…取り敢えず、あれだね。思考がはっきりとしているか、意思疎通の確認だ。
「森山さんどっか頭打ちました? それも酷く」
「夏目、それ暴言」
「なにを言ってますか宮地さん。もしかしたら森山さんも私みたいに気づかない間に頭を打ち付けたのかも知れませんよ!?それも酷く」
「二度目」
「晴ちゃん、オレの心配をしてくれるなんて…なんて優しい子なんだ!」
「あ、違いました宮地さん。森山さんは通常通り残念です」
「それただの悪口。てかお前ら会話のキャッチボールをしろ」
責任とるよ!
(叩いたら治りますかね? あれです、ショック療法?)
(つまり愛のムチだね!晴ちゃんのムチならオレ…いくらでも受け止め、)
(オラ)
(っ痛い!やめ、止めろ宮地、お前のムチは嬉しくない!)
(ムチじゃねぇ、拳だ)
(ただただ痛いだけだな!止めて!!)
(仲良いですねー。ところで、そろそろ行きませんか?)
((ザ・マイペースガール…))
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水城様へ捧げます。キリ番リクエストありがとうございました!