短編集

□Who are you?
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朝、日が出る前に目が覚めた。今日は休日でゆっくり寝ていられたのだが、いつもより早く目が覚めてしまった。何故かスッキリとした目覚めで、二度寝、という気も起きなかったのでベットから上半身を起こして取り合えず背伸びをした。ぐぐっと背を伸ばせば、腰やら間接やら時々ボキボキ鳴っている。

ふぁっ、と一つ欠伸が溢れた。目の端には欠伸が出たせいで、生理的な涙が溜まりそれを拭う。目は冴えているのだが、まだ頭のどこか正常に働かないため少しの間ベットの上でじっとしていた。

そう言えば、前にもこうやってスッキリと目覚めたことがあったな。あの時は、何か良いことありそうな気がする〜って窓をあけたらあの小悪魔が居たんだよね。

あれから一ヶ月くらい経つけど、その間アイツの姿を見ていない。それまでは一日に何回会うんだってくらいに会ってたけど、あの一件以来全く会いに来ることがなくなった。


「…って、何会いに来いみたいなこと思ってんだ私は」


気持ち悪いな。私はそう言うこと思うタイプじゃないだろ。寧ろうるさくなくて良いじゃないか。平和な日常が戻ってきたんだ。平和が一番だ、うん。
それに、一ヶ月そこらで私がアイツに出した条件を満たして来れるとは思えない。私より何倍も小さいし、蹴飛ばせば吹っ飛ぶくらいに弱い。何より…。


「人間とデジモンなんて…無理に決まってる」


人間とデジモンが恋人同士なんて…。はぁ、と溜め息を吐いて足に掛けていた布団を剥いでベットから降りる。朝シャンでもしようかと着替えを持って風呂場へ向かった。



パジャマと下着を脱ぎそれを風呂場のカゴに入れた。浴室の少しひんやりとした空気の中、シャワーの蛇口を捻り頭から冷たい水を被った。そうすると寝癖で跳ねていた髪は水でしっとり濡れていき、暖かかった体は徐々に体温を奪われて冷えていった。うん、ちゃんと目ぇ覚めた。


「ふぅ……」


小さく息を吐く。
小悪魔に言った最後の条件に『生涯愛し続けること』なんて言ったけど、やっぱり種族の壁とかあるじゃない。

ふと、顔を真っ赤に染めて自分に惚れたと言う小悪魔が脳裏に映る。…好意を向けられることは、まぁ、素直に嬉しい。
だが、それが恋愛対象となるとどうにも私は臆病になりがちのようだ。過去に何か嫌なことがあったとか、辛いことがあったとか、そういうことはまったくない。というより、異性とそういう付き合いがないのだ。男友達ならいるのだが、それは本当にただの友達でしかない。


「………」


温度調節のレバーを暖かい方に捻る。頭から被っていた冷たいシャワーは次第に暖かくなっていく。暖かいシャワーが冷えた体に染みていく。

付き合ったことがないから臆病になっているだけじゃないのか?

そう男友達に言われたことがあったが、よく分からなかった。試しに俺と付き合ってみるか?なんて言われたが、「いや、アンタを恋愛対象として見れないわ。ごめん」と返したこともあったな。その後は「おまっ、ひでぇな!」なんて言われたけど笑って切り返されたし、気まずいなんてことはなかった。

恋と言うのは、そんなに良いものなのか。…分からない。


『お前の笑顔に惚れたんだ!』


また、小悪魔の顔が浮かぶ。友人は、好きになったら止まらないって言ってたけどさ…、分からない。


「分からないよ…」


シャワーの蛇口を閉めると、浴室にその呟きだけが響いた。


* * * * *



さっぱりした、と息を吐いてまた部屋へ戻ってきた。あの後、髪や体を洗って風呂から出たらいつの間にか日が昇っていた。私どんだけシャワー浴びてたんだろ。
部屋着に着替え、頭にタオルを乗せ風呂上がりでまだ濡れている髪を拭く。

そこでまだカーテンを閉めたままだったことに気が付いた。カーテンの隙間からは日差しが部屋へ差し込んでいる。シャッと軽快な音を鳴らしてカーテンを開ければ朝日が見え…。


「………」


シャッ、と軽快な音を鳴らしてカーテンを閉めた。え、何で開けたのに閉めたかって?朝日はどうしたかって?いやぁ、ねぇ…ちょっと変なのが見えたもんで。

カーテンの布の端を摘んで、チラリと窓の外を伺う。そこには、こちらに背を向けた黒い人のような形の何かが屋根に胡座をかいて座っていた。


「………」


どうしよう何かいる!いや本当に何かいるんだって!ああでも、頭が金だ!金髪だ!チャラい!!何かファーの付いたジャケット着てるんだけどなんだあれは!てか勝手に敷地内に入いるなんて不法侵入だよ!…って尻尾ある!?コスプレ!?でもあの尻尾硬そうだし凶器だよ!え、何これ怖い!!


「…ん?」

「!!」


ぐるぐると色んなことを考えていると私の視線に気付いたのか、黒いコスプレ不法侵入者が此方を振り返った。バッ、とカーテンの端を摘んでいた手を離した。そしてコスプレ侵入者から逃げるように窓の横にある壁を背に身を隠した。

目が合っちゃった気がするけど、気のせいだと思いたい。ヤバイ、凄く心臓痛い。

ドクドクと脈打つ心臓を落ち着かせるために胸に手をあてる。ゆっくり深呼吸すればしだいに心臓は静まっていく。一瞬だけ此方を向いた不法侵入者は仮面のような物で顔の上半分は見えないようになっていた。仮面って、完全にコスプレじゃないか…!だが目の部分は穴が開き、赤い目が覗いていた。
赤い目って凄く珍しいけど、それより…。


「目、三つなかったか?」

コンコン

「っ!!?」


不意に部屋の中に窓を叩く音が響いた。盛大に肩をびくつかせ、静まったはずの心臓はまたうるさくドクドクと脈打ち始めた。

いやいやいや、ヤバイぞこれは!誰とも知れぬ黒いコスプレ不法侵入者に襲われるのか!?強盗か!?いやいやないから!有り得ないから!金なんてないですよー!!


コンコン

「怖いわ阿呆…!!」


声を静めて文句を垂れる。何か武器になりそうな物はないのか。部屋の中をキョロキョロ探す。どうしよ、手頃な物が見付からない!バットとかあればいいのに。


「おい、居ないのかー?」


窓の外から低い男の声が聞こえる。いや、居ないのかーって、随分と呑気なコスプレ強盗だなぁおい。


「俺だ、出てこい」


いや誰だ。新手の俺俺詐欺か。私はあんな金髪で仮面被った黒いコスプレ野郎なんて知らないぞ。頼むから帰ってくれ。今だに治まらない心臓をグッと抑える。

おい、ホントに居ねぇのか?そう低い声が聞こえた次の瞬間、バキッ、と何か壊れた音が部屋に響いた。


「…え、」


何、今の。何が起きたの。消え入りそうな掠れた声が喉からこぼれた。
壁に寄り掛かりながら横を見れば先程まで私が立っていた所、窓際の床には透明な硝子が散らばっている。さっきの何か壊れた音は窓枠を破壊したのか、もしくは無理矢理開けようとして窓の鍵が壊れたのか。いや、もしかしたらただ窓ガラスを叩き割っただけなのかもしれない。窓ガラスの破片が床に散らばっている限り、窓の何かしらを壊したのだろう。

あ、ヤベ…やっちまった。少し焦ったような声がしたが、今の私の頭ではそれを理解する余裕がなかった。壊れた窓からはそよそよと風が入り込み、揺れていたカーテンには黒く大きな影が映った。壊れた…いや、壊された窓からは黒いブーツを履いた足が部屋に入り込み、床に散らばった硝子を踏みしめ、パリ、パリ、と小気味の良い音を鳴らした。よく見るとその足には拳銃のような物が付いている。しかしそれは、私が片手で持てるような大きさではなかった。両手でも持てるのか怪しいほど大きい。

ドクンドクン。心臓がうるさいくらい耳元で鳴る。ズルズルと壁を滑り落ちて床に座り込む。まさか、入り込んで来るなんて思わなかった。それに、相手は武器を持っている。抵抗したらきっと…。

ゾクッと悪寒が走る。さっきまでシャワーを浴びて暑いと思っていたのに、今は冷水を浴びたようにとても寒い。
私が動けないでいると黒い不法侵入者は完全に部屋の中に入って来てしまった。そいつの姿は、あの大きな拳銃を持つのに適した体をしていた。


(でかい…)


大きかったのだ、とても。私の身長の何倍もある。今は屈んだ状態でいるが、それでも余裕で天井に頭がぶつかってしまう程大きい。窓枠を掴む手も体格に見合わせるように大きく、鋭く光る爪を持っていた。

危険だ。逃げろ。そう頭では分かっていても、体は座り込んだまま動かない。…いや、動けないのが正しいのかもしれない。足がすくんでしまって立てないのだ。

不法侵入者の赤い目が私を捉えた。そして不適に笑い、ゆっくり手を伸ばしてくる。
あぁ、こんなことになるならやりたいことやっとくんだったな。友達と色んな所に出掛けて、馬鹿なことして笑いあって…。それに、ちゃんとした親孝行すら出来てないのに。親不孝者じゃないか。後悔だらけで…、最悪だ。


『名前!』


…もうちょっとあの小悪魔に優しくしてやるんだったな。蹴飛ばしたりなんだりして、優しさの「や」の字もなかった。今思えば、変な奴ってのは変わらないけど好意を寄せてくれる可愛い奴だったじゃないか。邪険にして可哀想なことしちゃったな。本当、後悔先に立たずってこういう事なのかな。
いずれ来るであろう痛みと苦しみに目を閉じる。責めて、楽に逝かせて欲しいな。そう願い、視界は真っ暗になった…。


「―――よぉ、久しぶりだな」


名前。来るであろう痛みは来ず、やって来たのは、ぽすっという軽い衝撃だった。
ゆっくり目を開けると、そこには赤い目を細め、先程の不適な笑みではなく、優しそうな笑みを浮かべた不法侵入者がいた。一ヶ月振りだな。元気にしてたか?と頭をわしゃわしゃ撫でながら聞いてくる不法侵入者に呆気に取られた私は、へ?と何とも間抜けた声を漏らしてしまった。
なんでコイツは私の名前を知っているんだ?なんでそんなに優しい表情をするんだ。何より…。
あの、と聞き取れるか分からないくらい小さく呟いた言葉を拾った不法侵入者はなんだ?と返してきたので、私は疑問に思ったことをそのまま声に出した。


「だれ…?」


それを聞いた不法侵入者は、何故か私の頭に手を置いたままピシリと固まってしまった。



Who are you?


(おま…分からねぇのか?)

((え、本気で誰?))

(…マジかよおい)

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