ガラス越しの空
□1.私と彼の出逢い
3ページ/8ページ
「朝飯も食べる?」
壮介は空のグラスを受け取りながら尋ねる。
「いい。帰って食べる。」
「涼が作ったのがどっさりあるんだけど。」
「いいって。いつも言うけど、私が食べていいものじゃないでしょ?」
「俺一人じゃ食べきれないから。」
「そういう問題じゃないの。」
「なるべく捨てたくないだろ?」
「あのね。私に食べられるくらいなら、捨てられたらほうがマシってものよ。」
「そんなことないよ。」
「そんなことあるの。」
壮介の強引な押しで、何回かいただいた彼女の料理は本当に美味しかった。
いつも壮介の為に大量に作っておいてくれるらしい。
その気持ちに応える為にも、なるべくキチンと食べたいという壮介の気持ちも分からないでもない。
だからって私に振る舞うのは何か間違っていやしないだろうか?
どうして?
だって涼とは、壮介の恋人のことなのだから。
……ん?と思われた方もいるかもしれない。
…そう。
私は壮介の恋人ではない。
彼にはれっきとした本命の、恋人がいる。
…では私は何?
私と壮介の関係。それは、
セックスも有りな友達。
つまりは『セックスフレンド』というやつである。
…
引きましたね?
ドン引きしましたね?
そりゃあします。
私だってします。
こんな事してる自分にドン引きしてます。
私はいつも自己嫌悪と、罪悪感のはざまにいる。
でも、やめることができない。
壮介から離れることができない。
もう20代も半ばに差し掛かろうとしているけど、そんなに恋愛経験も豊富ではなく、自分は恋愛に対しては真面目で奥手な方だと思っていた。
そんな私が何故?
こんなことをすることになったのか。…
……1ヶ月ほど前になろうか。壮介と出逢ったのは。
出逢い。というか、何というか…
その時の私はなんだかヘトヘトに疲れていた。…
一年ほど真面目につき合っていた彼が、私の友達と浮気をしていたことが発覚した。
これだけでも十分ショックだったのだが、
「ごめん。俺、咲樹のことはすごく好きだったけど、あいつのこと放っておけないんだ。これからはあいつのこと守ってやりたい。」
なんて彼がよくわからないことを言って、彼女のもとへ行ってしまった。
「ごめんね。咲樹。」
友達は目に涙を浮かべて謝った。
そんな友達を責めることができようか、私には出来なかった。
だって責めたところで、彼が帰ってきてくれるわけではないんだもの。
恋人と友達を一気に失ってしまったショックで、胸の中にポッカリと大きな穴が開いた。
誰を信じればいいのかわからなくなったし、自分の価値というか、存在意義、みたいなのがわからなくなってしまったのだ。
食欲は無くなってしまったし、眠れない夜も続いた。
でも落ち込んでばかりはいられない。
一人で暮らす私は、自分の生活のために働かなくてはならない。
仕事は忙しい。いつまでも落ち込んでいる暇はない。
頑張ろうと自分に言い聞かしていたのだが、気合いだけではやはり仕事というものは上手くいかないらしい。
集中力に欠けた私が悪いのだが、とても大きな失敗をやらかしてしまったのだ。
今の部署は、私が希望してやっと入ったところで、忙しいがやりがいがあるところだったのだが…、
会社というのはシビアな所である。
その失敗の翌日、あっけなく単純作業が中心の部署に配置転換を言い渡された。
それだけの失敗をしたのだ。
頭では当然のことと理解しているつもりだった。
べつに仕事が大好きってわけではないのでどうってことない、とも思った。
でも、心の中に渦巻く感情を、私は否定するのとができなかった。
私は自分自身に失望していた。
女としての魅力もなく、仕事もマトモにできない。
私という人間は、本当に価値がない。
誰にも必要とされてない。
居なくてもいいような人間なんだ。
そんなことを考えること事態が馬鹿げている。
わかっている。
心の穴が大きくなる……
…ああ、もう、どうでもいい。
そんな様子の私を見て、流石に親友が心配したようだ。
「実家にでも行って羽を伸ばしてくれば?」
そんな事を言うので、すっかり思考が停止していた私はその通りに短い休暇をとり、実家への電車の切符を購入した。
休暇の前日、会社帰りにそのまま実家へ向かう予定だっのだが、たまたまその日大雪が降った。
珍しい大雪で、電車は運行停止になってしまった。
たかがそれだけの事。
たかだかその日実家に帰れないだけのことだ。
でも私は、なんだか天にも見放されたような気持ちになってしまった。
情けない話だ。
空を見上げると、黒い空から灰色の粒が無数に降りてくる。
その冷たさで、私の胸に開いた穴が更にジワジワと広がっていき、今にも私の心全体を覆い尽くしてしまいそうだった。
夕飯もまだだった私は、すっかり雪で真っ白になった道を黙々と歩いた。
雪が降るなんて想定してなかったから、足元は普通のパンプスである。
つま先が冷たくて、痛くて仕方なかった。
雪なんて大嫌い。
そうつぶやきながら、適当なレストランに入った。
天気のせいだろう。店は空いていた。
食欲なんてまるでなかったが、何だか食べないとぺちゃんこに潰れてしまいそうだと思ったのだ。
適当なメニューと、ワインをボトルで注文した。