ガラス越しの空

□3.山口涼
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ー山口涼





「セックスフレンドができたんだ。」

ある時、壮介は何でもないような素振りで言った。

「そう。」

私もつとめて何でもないように答える。

壮介は私の目をじっと見ていた。

「ホッとした?」

壮介からの意地悪な質問だった。

私は頷いた。

「そうね。」

私は本心を隠さずに、はっきりと答えた。

「涼は本当にそれでいいのか?」

彼は重ねて尋ねる。

彼は否定の言葉を期待していた。
きっと私が『嫌だ。』とか、『そんなのはやめて。』とか、そういう風に言うのをどこかで期待していたのだ。

でも私の答えはそうではない。

私は迷う事無く頷いた。

「それでいいわ。ありがとね。壮ちゃん。」

…だからって、壮介にお礼を言うなんて私も馬鹿だ。

私はバツが悪いのを誤魔化すのに、レオの頭を撫でた。

レオは目を細めて、小さく鼻を鳴らした。

お礼なんて言ったら、壮介が余計傷つくのをわかっているのに…。





……それから1ヶ月。


玄関の外に気配を感じると、レオはさりげなく玄関に移動して、座って壮介を出迎える。

「ただいま。レオ。」

明るい声。外の匂い。

「ただいま。飯できてる?」

帰ってくると、壮介はいつも同じ事を言う。

私はいつも同じ様に応える。

「できてるわよ。」

壮介は私のすぐ後ろに立って、鍋を覗き込む。

昔だったら、後ろから抱きしめられていただろう。

今の壮介は決してしない。

私が嫌がるのを分かっているから。

「味噌汁の具、何?」

「豆腐とわかめ。先に手を洗ってきてね。」

「はいはい。」

壮介は洗面所に向かう。

「あれ?涼、ハンドソープ足しといてくれた?」

洗面所から大きな声。

「うん。歯ブラシも替えといたわよー。」

いつもと同じ。

以前と何も変わらない。

壮介は手を洗った後、寝室で楽な格好に着替えてくる。

「なんか手伝う?」

目が合う。

壮介は目を細めて笑う。


…違う。

同じなんかじゃない。

…、
変わった。

とっくに気がついていたくせに。

壮介は変わらず優しくて、私をいとおしそうに見つめるけれど…



…、二人でいるのに壮介は何だか寂しそうだった。

子供の頃、壮介はよくそんな顔をしていたな。

笑ってるのに、泣いている。

そして時折、一人ぼんやりと窓ガラス越しに空を見つめるのだ。

あの頃、そんな壮介に話しかけて助けてあげるのは、他でもない私だったのに。




私は…、変わってしまった。

壮介がどんなに人の温もりを必要としているか、誰よりも知っているのに、

私にはもうそれを与えてあけることはできない。

でも彼のセックスフレンドは、束の間のものであれど、それを彼に与えてくれるだろうか。

壮介は、私を許してくれるだろうか?



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