ガラス越しの空

□3.山口涼
3ページ/4ページ





一度だけ、彼が泣いているのを見たことがある。


夕方、近所の公園の隅で彼は一人うずくまって泣いていた。

震える背中は小さくてとても頼りない。



…私は母親から買い物を頼まれて、コンビニへ行く途中だった。

おつりで好きなものを買っていいと言われて、ふんふんと鼻歌なんて歌いながら歩いていた。



はっとして、近くへ行って声をかけようと思った。

彼に近づいていって、足が止まった。

彼の目の前にあるものを見て、近づけなくなってしまったのだ。…



彼の目の前には小さな汚れた段ボール箱があって、その中には毛布と一匹の小さな子犬が入っていた。

子犬は汚れていて、皮膚病か何かなのか耳のあたりの毛が抜けて、地肌が見えていた。

小さな子犬は助けを乞うように頼りなく鳴きつづけている。

可哀想で、思わず耳を塞ぎたくなる。

たが、壮介は子犬に手を伸ばそうとはしない。



彼はヒックヒックと苦しげにしゃっくりをくりかえしている。

喉を震わせて、…目の前の子犬と同じように泣いている。

あまりにも弱い存在。
吹けば飛んでしまうような、その儚い存在は壮介そのものたった。



彼は子犬を拾ってあげたかったに違いない。

しかし養父母に育ててもらっている彼にそんな我が儘が言えるわけもない。

どんなに助けてあげたかっただろう。

抱き上げてあげたかったことだろう。



私にはどうしてあげることもできない。

うちでは飼えないし、皮膚病の捨て犬を誰かがもらってくれるとも思えなかった。

だから声をかけられなかった。



せめて一緒にいてあげればよかったのに。



私は、そっとその場を離れた。

胸が苦しくて泣きたくなったが、唇を噛んでそれを堪えた。

本当に苦しい人しか泣いちゃいけない。

そう思ったから。





……次の日の朝、子犬はもういなくなっていた。

段ボールも、毛布も無かった。

誰かが拾ってくれたのだろうか?

あの子犬はどうなってしまったのだろうか?




後ろから壮介がランドセルをしょって歩いてきた。

「涼ちゃんー!おはよう!」

いつもの笑顔だ。

壮介は元気だった。

「おはよう。一緒に行こ?」

「うん!」






…いつからか壮介を苦手だと思う気持ちは消えて、壮介を欠陥品だと思うこともなくなった。




「壮ちゃん。」

「何?その呼び方。」

「いいでしょ。」

「うーん。」

「私のことはなんて呼びたい?」

「そんなの、どうだっていいよ。」

「じゃあ、呼び捨てでいいよ。」

「うん。それがいいかも。…涼。」

「壮ちゃん。」

「なんか馴れないなぁー。」




.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ