novel
□苦悩
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ある日の夜、坂本は快臨丸の居住区域にある陸奥の私室に向かっていた。
何か用があるというわけではない。ただ単に暇なため、話し相手が欲しかっただけだ。
暇なら仕事をしろと言われるだろうかと、旧友に空っぽと揶揄された頭の隅で考えはするが気にしない。
昼間陸奥がいる部屋、副官室には勝手に入る。
しかし、ここは私室で今は夜。
着替え中だとしたら殺されかねない。
念のため「入るぜよー」と声をかけつつ、扉を開ける。
その瞬間、
「来るな!」
と部屋の中から陸奥が叫んだ。
陸奥は坂本に背を向ける形で座っていたため、表情は伺えなかったが叫んだ声は涙声だった。
「何かあったがか?」
陸奥の隣りに座り、伏せられた頭を撫でてやる。すると、陸奥は話すためにか、上がった息を整えながら一言呟く。
「…なんでもないちや」
強情な奴だ、と坂本は思った。涙を見られても狼狽えず、『なんでもない』の一言で済まそうとしている。しかし、このまま放っておくつもりもない。
「わしは『放っといてくれ』って言われても、放っといておけるほど気が利くモンじゃないぜよ。さ、話しとおせ」
ふと、陸奥の膝に置かれた彼女の手に目をやると、小さいながらもくっきりと歯型がついていた。誰にも気づかれないように声を押し殺すようにして泣いていたのだろう。
「ないでもないち言うとるぜよ」
「社長命令じゃ、言いとおせ」
言ってどうにかなるわけではないと陸奥は思ったが、坂本は引き下がらないため、話すことにした。
「今日の商談での、また女だと舐められたんじゃ」
もうこれで何度目だろう。
言った相手は違っても、言われる言葉は毎回同じようなものばかり。
『なぜ貴女のような人が商いを』
『副官に女がなれるとは』
『女に商談を任せるとは、そちらの社長は何を考えているか』
天人は人間を見下しているのに加え、宇宙で商いをしている女は数が少ないためか、男尊女卑とまでいかなくともそれに近い考えの者が多い。そんなことは分かりきっているが、それでも言われたら悔しさしか残らない。
悔しい
悔しい
悔しい
女であることを舐められるたびに思う。
もし自分が男なら、こんな侮辱をされずにすんだはずだ。
どんなに悔しくてもその悔しさを仕事にぶつけ忘れてきた。しかし今日は一人になった途端、涙が溢れていた。
忘れたつもりだったが、実際は忘れた“フリ”をしていただけだった。
「わしは女であることを何と言われても構わん。じゃが、わしのせいでおまんや快援隊がとやかく言われんのは我慢ならん」
今、わしはおまんの大義の足枷にしかなってないんじゃ。
最後の一言は唸るように呟いた。