夢4

□王子様にはなれない
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※少しですが拷問描写があります

「せんせ、私ね…貴方のことが大好きなんです」


奇妙な女だった。まだ「少女」というのが相応しい、幼い見た目。その実、年齢は20代半ば。その女は人生のほとんどを部屋の中で、より正確に言うならばベッドの上で過ごしていた。真っ白なシーツの上に、まるでくもの巣のように長い黒髪を広げ、その見た目にそぐわぬ…魔女のような笑みを浮かべ女はわたしにこう言うのだ。

「せんせ、今日も私を殺してくださるのね」


この女の身体は実に奇妙で、わたしにとっては非常に興味深いものだった。例えば、こう、大きな刃物でざくりと、この女の腹を刺したとしよう。当然、女の腹からは大量の血液が溢れ出しシーツを赤く染めるだろう。そして女は苦悶の表情を浮かべ死に至る──…というようなことはなく、女の腹はその傷に相応しいであろう量の血液を垂れ流し終えると、まるで何事も無かったかのように傷口を塞いでしまうのである。これは腹以外、例えば首や頭、腕や足、その他諸々どこを刺そうが撃とうが焼こうが削ろうがちぎろうが薬品を注入しようが、どんなことをしても同じなのだ。回復、する。してしまう。ついでに女は痛覚も大分鈍くなっているらしく、内臓を半分以上引きずり出されようが両手両足の指先を鈍器で順番に潰されようが涼しい顔をしていた。その脅威の回復能力を持つことに対するデメリットなのか、女は体力や筋力に問題があるらしい。基本的に一人での歩行は困難。移動手段は車椅子。すこし身を起こしただけで顔色が悪くなる。それゆえのベッド生活。そんないかにも退屈そうな生活を送る女の、唯一の楽しみは「殺される」ことだった。

「ねえ、今日はどんなことをしてくれるんです?私、先週からずっとわくわくしていて……」
「今日はこの薬品をおまえに注射した後、首を絞める」
「まあ……!首絞めだなんてロマンチック!童話のお姫様と王子様みたい…」
「どの童話に姫の首を絞める王子がいるんだ」
「あら。王子じゃなくて姫が絞めるのかもしれませんわよ」

「せんせってば、なんだか可愛らしいもの」と女は笑う。これから殺されかけるというのにのんきなものだ。

「おまえはもう少し、大人しく出来ないのか?おまえの表情は撮ってもつまらん」
「それはしょうがないのよ、せんせ。……私はあくまで実験台にしかなれないの。本番はいつだって他の人のもの」
「ああそうだったな。今更言っても仕方が無いってことは、わたしもよーく分かっているんだ」

女の右腕にそっと針を刺す。毒々しい色の液体が女の身体に流れ込んでいく。注射器を置き、その細い首に手をかけると女は無邪気な笑顔を浮かべて言った。

「せんせ、今度こそ私を殺してくださいね」










女の死は案外あっさりとしたものだった。その日の朝、いつものように女の部屋を訪れてみたが返事がない。おや?と思って扉を開けてみれば女はベッドの上で事切れていた。その死に顔は実に安らかなもので、皮肉にも女が憧れた童話のプリンセスのようだった。外傷には滅法強いお姫様も、寿命には叶わなかったらしい。
葬儀もこれまたあっさりとしたもので、女の両親は”主治医”であるわたしを責めるどころかむしろ感謝の言葉を告げた。わたしは老い先短いどころかいつ死んでもおかしくない娘の唯一の心のより所であった、と。両親は当然わたしがしてきたことを知らない。女の身体にその痕跡が残ることもなかった。棺の中で眠る女に「出来ることならおれがおまえを殺したかったよ」と囁いたことは永遠の秘密にしておこう。
 

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