夢4

□松野一松と姉
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「…結婚すんの?」

笑いながらテレビを見ている背中にそう投げ掛けると、彼女はこちらを振り返ってにこりと笑った。

「誰に聞いたの?」

「………クソ松に聞いた」

「もう、またそんな呼び方して〜!クソ松じゃなくて、お兄ちゃんでしょ?」

「……別に。俺達六つ子だしどうでもいいでしょ」

「またそんなこと言って〜」と笑う彼女にイライラした。今話したいのはクソ松のことじゃない。結婚のことなのに。

「で?相手はどこのどいつ」

彼氏がいるなんて話、今まで聞いたことがなかった。仕事以外では大抵家にいたし彼氏がいる素振りなんて全然見せなかったくせに。腹の底で黒い感情がごうごうと音をたてて渦巻いているのにも気付かずに彼女はふわりと微笑んで「仕事の関係で知り合った人だよ」と言った。仕事。そんなやつと知り合うなら仕事なんてさせるんじゃなかった。こんなことになるなら全力で止めるべきだった。定職にも付かずフラフラしている男六人を支えるには両親だけでは辛かろうと彼女は真面目に働いた。まあ例え僕達がいなくても彼女は真面目に働いただろうが、僕達が彼女の重荷になっているのは確かなことだった。そんな素振りは全く見せず僕達を可愛がる彼女と気付かないふりをして甘える僕達。いつかは終わる関係だとは思っていたけれどこんなにはやく終わりの時が来てしまうだなんて、思いもしなかった。

「よかったじゃん。結婚すれば俺達から離れられるもんね」

「一松…」

「正直重荷だったでしょ?なんでこいつらの為に働かなくちゃならないんだって思ってたでしょ?ようやく楽になれるんだよ。こんなにいいことないでしょ」

こんなこと言うべきじゃない。こんなこと言ったら彼女は笑ってこの家から出ていけない。いや、こうしてぶちまけたほうがもう二度と関わらないと思えるのかな。僕達のことなんて忘れられるのかな。出来ることならそのほうが彼女は幸せだろう。彼女は、彼女の、彼女が、彼女と。


「一松」

「……なに」

「泣かないで。お姉ちゃん、一松が泣くと悲しいよ」

「…泣いて、なんかねえよ…………」

僕の頭を撫でる優しい手が嫌いだ。僕に向けられる暖かい眼差しが嫌いだ。甘ったるいシャンプーの匂いが嫌いだ。星空をそのまま閉じ込めたようなきらきら輝く瞳が嫌いだ。困ったように八の字になっている眉が嫌いだ。僕にそっと囁きかける柔らかい声が嫌いだ。

「…勝手に、結婚でもなんでもすれば」

「…うん。ありがとう、一松」

「一松は優しいね」なんて嬉しそうに笑って。こっちの気持ちには気付きもしない。昔からそうなのだ。僕の汚れた、許されることのない感情になんて気付きもせず、見向きもせず、彼女は駆け上っていく。そんな彼女に昔からイライラしていて、でもこんな思いをぶつけるわけにはいかなくて。ずっと我慢していたけれど、僕は改めて思うのだ。

僕を置いて、結婚する姉が嫌いだ。
 

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