その男、人でなし

□二人目の主人公
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その出会いは突然であり、また、運命(さだめ)られたものであった。



「私と友だちになってはくれんか?」







小学校に通う年齢にも満たぬ歳の頃。正確を期すならその歳、2歳。父に連れられてやって来たのは、自身の住まう屋敷より大きい、豪奢で立派な邸宅だった。
だからと言って、別に驚きはしなかったのだが。

父曰く、次期当主として黒神家当主ならびにその子息・息女に挨拶を、という事らしい。


黒神家分家・開聞岳(かいもんだけ)家。その家の主と正室との間に生まれた子息───それが俺だった。

正室、という言葉は間違いではない。
時代遅れな犯罪行為である一夫多妻制───とまでは行かずとも、当主である開聞岳(しるし)には、正式に(めと)った女の他に、幾人もの愛人がいた。
さらには見知らぬ者を母胎に人工授精、いくつかの施設から養子を貰ったりといった事を行った結果、開聞岳家は血の繋がりの無い者が多く蔓延(はびこ)る場となったのだが───まあ、それは置いておく。
話が逸れたので戻すと、その愛人連中が、驚く事に正妻と同じ屋根の下で暮らしているのだ。ゆえに、正妻───俺の母親が正室と呼ばれ、愛人はみな側室と呼ばれている。名称に関しては家が和風・和式である事に寄るだろう。

閑話休題。

当主と正室の間に設けられた子は2人居たが、その片方は女子。古臭い考え方のこの家では、必然的に男子の俺が次期当主の第一候補だった。
そして。
つい先日、俺が継ぐ事が正式に決定したのだった。



「くれぐれも粗相の無いように」

「はい」



何度目だろうか、と心の中で息をつく。
父の事は嫌いではないが、そう何度も言われると鬱陶しく感じる。こどもじゃない(・・・・・・・)()()、一度で理解できる。

0の数を数える方が面倒くさい値の車に揺られ数分。父と二人分ほどの距離を開けて大人しく座っていると、だだっ広い庭園を抜けたらしく西洋風の館の前で停車した。

父に続いて車を降りると、大きな両開きの扉の前にメイドらしき女性がいた。
否、家政婦と呼ぶには格式じみているし、秘書と呼ぶには家庭的なソレは、らしき、ではなくメイドそのものなのだろう。
どうやら当主に案内を命じられたらしい。

先を歩くその背に着いていく。
流れる無言は気にならないが、緊張しないと言うと嘘になる。


財も権力も持つ人種との謁見が初めて、というわけではない。何ならかつて一国の王にお目通りした事だってある───が、あの時代(とき)の記憶はソレ以上の思い出(トラウマ)の方が強く残っているのだ。失礼極まりない話だが、謁見の事など「ああそんなこともあったな」くらいにしか留めていない。
───ああ、くそ。思い出すだけで脂汗が浮かびそうだ、あの主人公的英雄め。



「こちらです」



嫌な記憶を思い出して苦い顔をしている間に着いてしまったらしい。
しまった、時間を無駄にした。緊張が解けていない。



「旦那様、開聞岳様をお連れしました」



慣れたようなノックと報告。中から「通しなさい」と男の声がして、メイドが「どうぞ」と繊細な紋様の刻まれた扉を開いた。


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