その男、人でなし

□迷子と猫さん
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「困った」


青い空。白い雲。真っ赤(?)な太陽。晴れ渡ったその下で、俺の心はすっかり雲に覆われていた。



「迷った」



そう、迷った。迷ってしまったのだ、このバカ者め。
油断大敵。大体は覚えたから大丈夫だろーって呑気な思考回路でふらふらと歩いた結果がこれだ。自分の事ながら情けなさ過ぎて涙が出てくる。出てないけど。でも穴があったら入りたいくらいには落ち込んでいる。しょぼんである。

さてどうしよう。別にこの程度の窮地、窮地とも言えないこの窮地、スキルを使えば一秒と経たず脱する事が出来るのだけれど───



「んん〜でもなあ〜こんな事で使うのもなあ〜出来る限り隠そうって思って入学し(はいっ)たしなあ〜」



とはいえ、他に出来る事もなし。他に誰かいれば道を聞く事も出来るのに───



「あ。」



いた。
少し離れたところに、誰かいた。

何をしているのかはわからない。植木の向こうを歩いている。散歩だろうか。
まあ何でもいいか。渡りに船、地獄に仏。大海の木片とはこの事だろう。



「あのー! すみませーーん!」



駆け寄りながら声をかける。すると相手もこちらに気づいたようで、首を傾げながらも待ってくれた。

───猫のような少女だった。
それが第一印象。



「何や、どないしたん?」

「(関西弁……)あの、道に迷ってしまって。良ければ帰り道を教えて欲しいなーなんて」

「ああ、なるほどなあ。道理でこんな何も無いトコにおる訳や。ええよ、どこ行きたいん?」

「とりあえず一年校舎まで戻れればなんとか」

「一年校舎な。せやったらこの道びゅーん行って、そんだら右に校舎が二つ見えるから、きゅっと曲がってそんままばーっと行ったら着くわ」

「? ……??」



何だか矢鱈と擬音が多かったような気がする。
ええとつまり? この目の前の道を進むと校舎が二つあるから? その間を真っ直ぐ行けば着くと? そういう事か?



「は、はあ。ありがとうございます」

「イヤイヤ、礼には及ばんわ。後輩が困っとったら助けたるんが先輩の役目やろ」



うわカッコイイ。すごく出来た先輩じゃないか。



「あの、お名前教えてもらっても?」

「ん? 別に名乗るほどのモンでもないけど……まあ無碍にするのもなんや可哀想やし。───鍋島猫美や。ちなみに柔道部主将!」

「鍋島、先輩。……って、え、主将? じゃあ鍋島先輩って十一組(スペシャル)なんですか?」

「そやでー。驚いとるっちゅーことはジブンは普通科(ノーマル)なん?」

「はい、一組です」



そーかそーか。そう言ってからから笑う鍋島先輩。
名前が猫美だなんて、俺の第一印象はあながち間違っていなかったのかもしれない。



「あ、それじゃあ俺はこれで。道を教えてくださって本当にありがとうございました」

「おー、どーいたしまして。気ぃ付けるんやで〜」



ペコリ。頭を下げてその場を後に、



「───ってちょっと待たんかい! あまりに自然過ぎて流されてもうたわ!」

「? どうかしました?」

「どうもこうもあるかい───まだジブンの名前聞いてへんやん!」

「そうでしたっけ?」

「そうや! まったく、先輩に名乗らせといて自分は名乗らんやなんて大人しそうな顔して悪いやっちゃで」

「はあ、すみません」



鍋島先輩は腰に手を当てて深いため息を吐き出した。

ふむ、俺の名前、ね。



別に名乗るほどの者でも無いので(・・・・・・・・・・・・・・・)



───それじゃあ失礼します、鍋島先輩。
そう言って、俺は呆然と立ち尽くす鍋島先輩を置いてその場を離れた。







「……ウソやろ、ホンマに行ってしまいよった」

「ちゅーか、何やあの子」

「名乗るほどのモンでもない───とか、意趣返しのつもりかい」




───無碍にするのもなんや可哀想やし───




「───どこが普通(ノーマル)やねん、阿呆(あほう)


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