その男、人でなし

□第22箱『叶えてやりたい』
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理事長室。
ぶっちゃけ入室してからしばらくの記憶が無いけど、まあいいか。机割れてるけど。俺が座ってるソファも綿が飛び出てるけど。
まったく誰がこんな酷い事を。なんて皆の顔を見たら、困惑した顔でこっちを見ていた。……あ、俺ですか。そうですか。



「ええと、何があったかは知りません(・・・・・・・・・・・・)()、俺が壊したんですよね? なら謝ります、すみません」

「……覚えて、いないのですか?」

「はい、全く。全然これっぽっちも」

「……そうですか。いえ、良いんですよ、机やソファなど新しい物を買えばいいだけの話ですから」



は? 太っ腹かよ。理事長いい人かよ。



「ありがとうございます。それで、ええと、何の話をしてましたっけ?」

「そうですねえ……フラスコ計画の話を始めたところでしたか」

「なるほどなるほど」

「ではもう一度お聞きしましょうか。君はフラスコ計画についてどれほどの事を知っていますか?」

「んー、そう、です、ね」



どこまでなら喋っても大丈夫だろう、と考えて、すぐにやめた。
なんだか、脳の回転が、遅い。



人間を完成させる(・・・・・・・・)。そんな妄想を実現させるためのプロジェクト」

「妄想、ですか」

「願望、と言ってもいいですかね。ああ、勘違いしないでください。馬鹿にしているとか、そういう訳じゃありませんから。俺だってあいつ(・・・)の願いは叶えてやりたいですし」

「あいつ?」

「ああ、いえ、こっちの話です。……と、すみません、そろそろ行かないと。次の授業、移動でして」

「おや、それは失礼しました。とても有意義な時間でしたよ」

「それなら良かったです」



ボロボロのソファから立ち上がって、ボロボロの机を避けてドアに向かう。
そんな俺の背に、理事長の声がかかった。



「ああ、そういえば」

「はい?」

「実は一つ気がかりがありましてね。黒神さんの身の安全についてなんですが……」

「……ああ、十三組(ジュウサン)ですか」



実は、フラスコ計画は十三組生の中でも秘中の秘ではあるが、その存在を知っている者は知っている。
めだかちゃんは雲仙先輩を倒した。であれば、そんな彼女を倒してフラスコ計画に参加しようと企む輩が現れないとも限らない。



「確かにそれは心配ですね、めだかちゃんは攻撃を受ける理由がないと避ける理由も持ちませんから。まあでも、その程度(・・・・)の相手に負けるようならそれまでの奴だったって事です。試験管計画には必要ない」



ドアノブに手をかける。ガチャ、と音と共に隙間が開いて。



「おっと、俺も言い忘れてた事がありました。いや、もしかしたら言ったかも知れませんけど」

「何でしょう?」

「十三組への移籍、よろしくお願いしますね」



それでは。
頭を下げて、理事長室を後にした。







*第三者視点*



「……いやはや、参りましたねえ。先の変貌にも驚きましたが、いや、まさか、試験管(・・・)()()なんて一世紀以上も前の呼称を知っているとは」

「それにしても、黒神の危機を聞いても意外と冷静だったね。というか、なんか冷めてる?」

「だよなあ。あいつのキレるポイントがいまいち掴めねえわ。いや、それが異常(アブノーマル)らしいっちゃらしいけどよ」

「十三組への移籍───と言っていましたが、つまり名実ともに十三組になるという事でしょうか」

「そうでしょうねえ。彼の言う“時”が来たという事でしょう。さて、手続きに取り掛かりましょうか」



理事長のその言葉で、六人は部屋を後にする。
終始黙ったままだった都城と行橋はそのまま何も言わず廊下を歩き去り、高千穂は気さくな挨拶を残して二人とは逆方向に去り、宗像はいつの間にか消えていた。
理事長室の前。そこに残ったのは、古賀と名瀬の二人だけ。



「どうしたの、名瀬ちゃん? お昼終わっちゃうよ?」

「……古賀ちゃんよォ、あいつが黒神に対して冷めてるっつってたよなあ」

「? うん。それまでの奴は必要ないとか言ってたし」

「そうだよなあ、普通そう捉えるよなあ。けど俺からすりゃあれは冷めてるとかそんなんじゃねえ。ありゃ無関心っつーより───」



キーンコーンカーンコーン。
名瀬の言葉を遮るように、鐘の音が響き渡る。
昼休みが終わろうが授業が始まろうが、登校自体を免除されている二人にとっては関係なく、別段急ぐ必要もない。
だが、しかし。



「あっ、チャイム鳴っちゃった! 行こ、名瀬ちゃん!」



根は普通な古賀にとっては、チャイムの音は一つの基準として根付いているようだった。
急かしながら先を行く古賀に、名瀬は。



「待てよ古賀ちゃん。俺は根っからの森ガールなんだ、走んのは勘弁してくれ」



そう言いながら、のんびりと友人の背を追うのだった。


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