短い夢
□終焉の足跡
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王宮の片隅にある風雅な高楼の石段を老人が一人で登ってゆく。
手には酒の瓶子。
数十年前から変わらぬ光景。
来る日も来る日も登り続けた石段もここ最近では登るのが少しおっくうになってきている。
今まで息が上がることもなく軽々と皆で登った石段は一人で登るようになるとずいぶん長い石段だったのだと気付かせた。
宗隼凱はひそかに怒っていた。
あがる息、思うままにならぬ現実。
老いを理由に鍛錬を少しばかりさぼったからかこの仕打ち!
手に持つ瓶子さえ嫌に重く感じるのだ。
杯は三つ持つのが面倒で巾着に入れ腰からぶら下げている。
最後の石段を登り切り眼下の景色を一望できる場所へ腰を下ろすといつもの場所に杯を置きながらぽつりぽつりとつぶやく。
「国の剣は宗将軍…国の心は茶大官…国の頭脳は…霄宰相…」
一つ一つに丁寧に酒を注ぎゆっくりと深く目をつむる。
あの日はまだ横に居た。
…真夜中。
紅秀麗の葬儀の後、空っぽで抜け殻なまま赤子の前に立ち尽くす劉輝の様子を半蔀の影でうかがっていた。
忠誠を誓ったわけではないけれど幼き頃から何くれとなく気にかけてきた教え子が例えどんな決断を下そうとも今日だけは…、いや自分だけは叱りそして許してやろうと思っていた。
一向に泣き止まぬ赤子に業を煮やすわけでもなく空っぽの心のままで赤子によたよたと近づいていく劉輝の足音を聞きながら自身のふるえそうな心を叱咤するように短い息を吐く。
どれくらい時がたったのか、赤子の泣き声が弱まった。
嗚咽とともに『泣くな』とも声が聞こえる。
臓腑に孕んでいた苦いものを大きく息を吸い込んで吐きだし、ようやく強張っていた身体の力を抜き壁にもたれかかり目を閉じる。
「……残っていた最後の仕事も、これで終わり…だな…」
「霄?」
呟く霄の声に違和感を感じ目を開き隣に視線を向けるが、そこには初めから誰もいなかったようにぽっかりとした闇が広がっていた。
すぐそばから大きな鳥が羽ばたいていく。
「霄?」
呼ぶ名はむなしく大気に溶け消えてゆく。
はじめからそんな者はどこにも居なかったかのように…