短い夢

□君思い、春を待つ
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あれから、長い長い月日が流れた。

赤子はすくすくと聡明に育った。
寝てばっかりで馬鹿になると心配された赤子も今では凛の後を継ぎ朝廷であくせく働いている。
子供が巣立ちしばらくして凛は朝廷を辞した。

都の外れに居を構え日がな一日ぽくぽく寝てばかり居る。
これでは自分が馬鹿になるとひっそりと思っているのは内緒だ。
まあ、このまま馬鹿になってもいいのかもしれない。
やるべき事はやりつくしたのだから。

火鉢を窓側に寄せ、ふかふかの綿を敷き詰めた長椅子に座り暖かい布団をかぶって窓の外を眺める。

こんこんと戸を叩く音とともに旧友が茶器を片手に中に入ってくる。

「あなたは、またこんな窓のそばで…」
「こんにちは、楊修殿」
悪びれもせずにこにこと笑う凛の姿を見て器用に片方の眉を吊り上げため息をつく。

「寒くはありませんか?」
「ふふ、自分で作った椅子ですが案外いいものですよ」

悠瞬の身体をいたわり負荷がなく横になれるよう作った椅子はほとんど使われることなく、今は自分が横たわっている。

「おいしい羊羹を頂きました。お茶うけにどうぞ」
「ありがとう。いただきます」

一口ほおばると口の中に柔らかい甘さが広がる。
暖かいお茶をすすりほうと息を吐く。

それを目を細めてみていた楊修はポツリポツリと言葉を紡ぐ。

「凛殿、私が今まで何度あなたに振られてもあなたのそばを離れなかったのはなぜだかわかりますか?」
「ふふふ、理由はわかりませんが物好きな人だとは思っておりましたよ」
「失礼な!」
片方の眉を上げ不機嫌に睨む姿がおかしくて凛はくすくすと笑う。

「悠瞬殿が亡くなり暫くしてすぐ私が茶州へ赴任したのは覚えていますか?」
「ええ」
「茶州へ着いて一か月ほどして一通の文が景柚梨殿から届いたのですよ」

それは悠瞬が亡くなったのち景柚梨に渡った書簡の文箱の奥に隠すようにひっそりと紛れ込んでいたらしい。

その文には茶州府へ直接送るように指示があったと後で柚梨本人から聞かされた。

「その文は、果たし状というか…挑戦状のようなものでした。正直な感想はなんじゃこりゃと思うような内容で、時の宰相がこんなもん書くなと放り投げたことを今でも覚えています」

驚く凛の顔を満足げに眺め言葉を続ける。

「内容を掻い摘むと『凛はあなたにはあげません。それでも良ければ一番近しいお友達として凛のそばにいることを許しましょう。奪えるものなら奪ってみなさい』みたいなことが書かれていまして、何度燃やしてやろうかと思ったことか…実際彼の言うとおりでしたけどね」

苦々しげに眉を寄せる楊修はふうと息を吐き出す。

「そしてこうも書かれていました『何度振られてもお茶を飲んだり、笑いあったり、同じ時を生きることができる。それが私にはほんのちょっぴり羨ましい』と、そして『もし凛が困っていたら、手を差し伸べて下さい。彼女は最初はあなたの手を取らないでしょうがあなたの努力次第でいつかあなたの手を掴むかもしれないから、だから、ただそばにいてあげて下さい』と…」
「ふふ、旦那様らしい…」
コロコロと笑う凛を不思議に思い楊修は疑問を問う。

「正直、この話をしたらあなたは悲しむだろうと思っていました。だから今まで言えなかった」
「なぜですか? 旦那様の愛情を再確認いたしましたよ」
「やはり、最後の最後まで私はあの方には勝てないらしい。結局あなたは私に助けなど求めなかった。ただ私があなたの周りをうろちょろしていただけで」

苦虫を噛み潰たような顔をしてつまらなそうにそっぽを向くそんな姿を見てまた凛はころころ笑う。

「ふふ、それでも寂しさは薄れました。そうさせてくれたのはあなたですよ楊修殿」
凛の言葉に楊修は顔を上げる。

「申し訳ありませんが紙と筆を取っていただけませんか?」
「誰かに文でも?」
「ええ、旦那様に三下り半を。自分の妻を他の男に宛がうなど言語道断です。きっちり思い知らしめねば!」
「それは良いですね。ぜひさっさと叩きつけておやりなさい」

そう言って嬉々として文の用意をした楊修は夕餉の支度をしてくるとほくほくとして部屋を出て行った。
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