キライだよ。
□13話 キライ
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結局、シカマルは次の日もナルトに会えなかった。
夜には家に帰っているだろうと家を訪ねてみた。が、物音ひとつせず明かりも灯っていない。何より気配がしない。無人なことは明白だった。
さすがに任務には出るだろうと、受付にいたイルカ先生にそれとなく聞いてみる。返事は、「任務の予定が入っていない」だった。理由は、五代目から「ナルトはしばらくヤマトとの修行に重点をおく」と言われたということだ。
九尾の関係か知らねぇが、修行でずっと里にいるんなら会うチャンスはあるだろうと一先ずホッとした。しかし、現実はどうだ。こういう時に限って雑多な用が舞い込みオレ自身が忙しい。
数日ナルトに会えない日が続いたある日、お偉方の世話をしている時に偶然ナルトを目撃した。
残念ながら向こうは全くこっちに気づいていなかったが。ナルトの隣には同じ班のサイがピッタリと寄り添っていた。あいつもナルトの修行に付き合っているんだろうか。声を掛けたかったが、お偉方達を放り出すわけにはいかず、仕方なく見送った。
しかし、里にいるってのに、いったいナルトはどこにいるんだ?
あの後でもう一度サクラに確認してみたが病院にはもういないらしい。
ハッキリしないことばかりで、オレの中で静かにイライラが溜まりつつあった。
ナルトは演習場から離れた森の奥で修行に励んでいた。
修行場所は誰にも伝えらえておらず、知るのは綱手、ヤマト、サイのみである。集中するために修行場所内に設置した結界付きのヤマト特製山小屋で寝泊まりをしている。たまに用事で出掛けるが、その時はサイと一緒だ。ほぼ森の中での生活だった。
これを提案したのは綱手で、落ち着いた環境で考える時間を作ってやりたい、との思いである。又、ナルトに出した一ヵ月の期限にあと一週間と迫っていることも要因にあった。
考えなければいけないこと。
ナルト自身は答えが出ているものの気持ちのケジメが必要なのだ。
ナルトもそれは十二分にわかっている。
わかっているので、よく体を動かした。立ち上がれないほど動かして自分を空っぽにした。空っぽにした状態で見えてくるものがある。自分が今、渇いているもの。気がかりなもの。
それは、やはりシカマルだった。
せっかくいい感じになってたのに……。
シカマルとはもう三週間も会っていない。それぐらいの期間会わないなんて忍をやっていれば有り得ることで、別にどうということもない。
だけど、とナルトは思う。
だけどシカマルに会いたいのだ。ただ、会いたいのだ。「よう。ナルト」といういつもの声が聞きたいのだ。
ナルトの中で、カンゴウに犯された行為は意識を遮断したことにより曖昧だ。だが、体はされたことを覚えている。何ともない大丈夫だ、という意志よりも、体が反応してしまう。そのことにナルトは戸惑いを感じていた。
カンゴウのことは本当に恨んでいないが、無意識に男性を怖がっている自分がいる。それなのに、シカマルに会いたいのだ。そんな感情だけがどんどん溢れてくる。
もやもやしながら三日が過ぎて、ふと、そうえいばシカマルってテマリと付き合ってるんだよな、と思い出す。
恋人同士なら、たぶん、テマリとああいうことをやっているわけで、あっちは愛の確認作業だってばよ、と思ったら何だか胸が苦しくなった。思わず服の胸元を強く握る。すると、突然涙が零れた。
なんだってばよ?
自分でもビックリだ。悔しいのか悲しいのか羨ましいのか訳のわからない感情が渦巻く。はらはらと零れ続けるものにどうすることもできずにいた。
俺ってば、犯された時もそれ以降も泣かなかったのに、どうして今、涙が出るってばよ。
シカマル……。
シカマルは募るイライラを抑えるために煙草を吸いに外にやってきた。
どこでも煙草が吸えるわけではない。喫煙所に行けばいいというのでもない。17なのでまだ大っぴらに吸えないのだ。メンドクセェことはなるべく避けたいのでいつも人目につかない場所で吸っていた。
いつもの場所の近くまで行くと、先客がいるのか話声と煙草の臭いがした。オレと同じ奴がいるじゃねぇか、と思いながら気配を消す。知ってる奴ならいいが、それ以外だったら別の場所にしたほうがいいだろう。聞こえる声に集中した。
どこぞのくノ一の胸がでかいだの、仕草がエロいだの下ネタの話題で盛り上がっていた。人数は二人、聞いたことのある声だ。同じ中忍だが、顔を知ってる程度の奴だ。ここは退散したほうがいいなと決めて踵を返した。
気配を消したまま立ち去ろうとして、今、聞こえてきた名前に思わず足を止める。カンゴウ、あいつの名前だ。
「カンゴウもさぁ、ヘマやったよな。それで前線だぜぇ。数年は帰ってこれんってさぁ」
「正直、ちょっと厳しくないか?」
「あー、なんか俺が別の奴から聞いたところによると、あいつ色ボケしてたらしいぞ」
「なんだそりゃ?」
「好きな子が出来てうつつを抜かしていたらしいわ。んで、ケジメの意味もあるんでない?」
「へぇ〜、そんなことが。ふーん、あのカンゴウが薬の管理を怠るなんておかしいと思ったけど、色ボケ? 初心者でもあるまいし。でもよ、それでミスして好きな子と離れ離れじゃたまらんなあ」
「んー、でも片思いらしいよ」
「へ? なんだよ。付き合ってるんじゃないのか」
「たぶん告白するつもりだったんじゃないのかなって、言ってたな」
「ふうん。俺だったらさぁ」
「なんだよ?」
「ミスもしたし、前線任務で何年も会えないし、告ってもフラれるかもしれんし、それだったら告らんで誘ってやるだけやっちゃうかも。一夜の思い出っつーやつ」
「まーな、それもわからんでもないな」
「な? くノ一なら誘えばやらしてくれそうだし」
「お前、どういうくノ一と付き合ってるんだよ」
「えー、お互い忍だから先のこと考えて、まあいっかぁってならん?」
「人によるだろ」
「そうかなぁ。で、その色ボケの相手、誰だか知ってるのか?」
「いーや、知らん。他の奴も知らないみたいだったぞ」
「ふうん。あ、なあなあカンゴウが長期任務から帰って来たら、その子は違う誰かのものになってたりしてな」
「ありえるわ、それ」
ハハハと笑い声がした。シカマルはもう動き出していた。
声から察するに一人は以前にも定食屋でカンゴウの噂話をしていた奴だ。
なんてことはない会話だった。だが無性にもやもやする。
シカマルの推測ではカンゴウの好きな奴はナルトだ。それは間違いないと思う。
あいつはナルトに告白するつもりだったのか。
告白したんだろうか?
カンゴウを兄のように慕っていたナルトにその気がないことは知っている。告白されても受け入れないだろう。
薬の誤飲は任務中だったよな。
心が乱れるほどの出来事が任務中にあった?
まさか任務中に告白はしないだろうし。
ざわざわと木々が揺れるように胸が騒いだ。それはどんどん大きくなっていく。
厳しい処分。
明らかに接触を避けるための隔離病棟。
守るように傍にいたサイ。
限られた人物しか会えない現実。
どう考えてもおかしいだろ。ナルトとあいつ、絶対何かあったに違いねぇんだ。そもそも誤飲の話も本当かどうか怪しいっつーのに、関われない自分がどうにももどかしい。
ナルト……。
2018.3.24