novel

□ひとつ屋根の下【2】
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《Yuko Side》


職場からアパートまでは自転車で15分くらいの距離。

平坦な道ばかりの街だから、変速が付いてない私の自転車でも楽ちんで移動出来る。

今日もお気に入りの街乗り自転車を漕いで帰る。

かなり遅くまで残業したから、今日はさっさとお風呂に入って寝てしまたい。

少しすると、ちょっとボロい二階建てのアパートが見えてきた。私も暮らす社員寮だ。

軽快に自転車で駐車スペースまで乗り入れると、

念のため自転車を雨が降っても濡れないように階段下に押し込んだ。

明日の天気はどうだっけ?・・・まぁ、いいか。

疲れた体で考えるのが面倒になった。

鞄をカゴから取り出して、自分の部屋のある2階へ上がろうとした時。

ちょっとした異変に気がついた。


「・・・車のスモールライトが付いてる。」


白い車・・・という事は、営業の人か。

私の会社では、基本的に外回りの多い営業社員には一人一台営業車が与えられる。

寮に住んでいる人もほとんどが営業の人だから、

アパートの前の駐車スペースに白い営業車が何台も並ぶのは見慣れた光景だ。

今日は遅い時間というのもあってか、駐車スペースは全て埋まっていた。

残念ながら、どの車を誰が使っているかなんて、分からなかった。

どれも似たような車だし。

一応、車内に手がかりがないかと覗いてみたけど、コンプライアンスにうるさい会社だけ

あって、個人を特定出来るものは特に何もなさそうだった。


うーん、どうしたものか。


時計を見ると23時半。

部屋の片っ端からインターホンを鳴らそうかとも思ったけど、時間が時間だけに気が引けた。


一瞬、見て見ぬ振りをするという選択肢が私の頭を過る。

でもなぁ・・・。

明日も仕事だし、このままバッテリーが上がったら、車の持ち主が困る事は確実だ。


一人で悩んでいてもしょうがないと意を決して端の部屋へ向かおうとしたその時。

いー匂いが鼻をかすめた。

それはまるでミネストローネのような。


確実に起きている人がいると分かった事に正直ほっとした。

ちょっとお洒落なその匂いは、端から数えて3番目の部屋の換気扇から流れてきていた。

近づくと、匂いはもっとハッキリとしてきて食欲を掻き立てられる。

くそぅ。今日は食べずに寝るつもりだったのにな。


トントントン。トントントントントン・・・。

部屋の主は今も作業中のようで、包丁が小気味良く何かを刻む音が聞こえてきた。

・・・そして小さく鼻歌も一緒に。

なんの歌かまでは換気扇に音に邪魔されて分からなかったけど、

とても甘い声に自然と心が柔らかくなったのを感じた。


よし!


例え、この部屋の住人の車でなかったとしても、相談出来れば良いし。

そう思って、思い切ってボタンを押した。


ピン、ポーン。

・・・それまでしていた部屋からの音が止まった。
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