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□3.情けない顔をして彼は笑った
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〈コンラートside〉

ユーリがこちらに帰還して2日が経った。
俺は執務に追われているユーリをグウェンダルとギュンターに任せ、兵士に剣の指南をしていた。
今日はヨザックは別の仕事があると言っていたので、俺1人で教えなければならない。
いつもより時間がかかったが、なんとか終えて自室へ向かい、部屋で着替えたあとにユーリの元へ行く…はずだった。
「たっ隊長!!」
部屋に向かう途中、後ろからヨザックが走って自分を呼んだ声がし、振り向く。
「そんなに血相変えて、どうしたんだ」
走って追いついたヨザックは、とても急いでいる様子だ。

「落ち着いて聞けよ?坊ちゃんが…階段から落ちたんだ。」

「え…?」
「一時的に気を失っていたが、部屋に運ぶ途中で気がついたんだ。今は…って、ちょ、隊長!?」
ヨザックが何かいいかけていたが、俺は最後まで聞かずに走りだしていた。
ユーリにもしもの事があったら…?
俺は、生きていけない。愛しい子を失いたくない。どうか、無事でいてください…っ!!

魔王専用の部屋の前に着き、勢いよく扉を開ける。
「ユーリ!!」
部屋にはギーゼラ、ギュンター、グウェンダル、ヴォルフラム、アニシナ、グレタ、猊下に数人の侍女と俺の後からヨザックが来た。
さっ、とベッドに視線を向ける。
すると、そこには頭と左腕に包帯を巻いてはいるものの、愛しい人が目を大きく開けてこちらを見ていた。
「うわ、びっくりした」
「陛下、無事ですか!?」
「え、あ、はい」
少し戸惑いつつも無事を確認できてひとまずホッとする。しかし、次の言葉は俺をえぐるようなものだった。
「あの…どうかしましたか?」
「…え?」
今、なんて言いました?
「あ、軍服着てるし、もしかしてこの城の兵士さん?」
「…どういうこと…ですか…?」
いつもは臨機応変に対応できる方だと思っていた頭が今回ばかりは全く働かなかった。
ただ頭をバットで思い切り殴られたようなショックを受けたのは確かだった。
猊下はユーリからふと視線を逸らしてから俺の質問に答えた。

「…記憶喪失だよ。しかもウェラー卿の記憶だけ無くなってる」

息がつまり、呼吸が出来なかった。
猊下の言っている意味が分からない。でも、その言葉は頭の中をリフレインしていた。
「坊ちゃんが意識を取り戻した後、猊下は念のためにいくつか質問をしたんだ。そして、隊長の記憶だけ全く無くなっている事がわかったんだ」
「あれ。なぁヴォルフ?俺、間違えた?」
「いや…。ユーリ、分からない…んだな」
ヴォルフラムに助けを求めるユーリの声に、余計に現実を思い知らされた。
俺は下を向いて俯き、両手を握って立ち尽くすことで自分の気持ちを必死に整理していた。
だけど現状は変わらなくて。ユーリは部屋にいる誰もに聞くけど、皆戸惑いの声しか返せなくて。
その状態が余計に辛くて。
「渋谷、あんまり聞いたら可哀想だろ?それに、彼がさっき教えた記憶を失った相手だよ」
「え?…ごめん、俺、何も覚えてなくて…」
「いえ、陛下が謝る必要はありませんよ」
忘れた…のか。
そう言われて余計に記憶を失ったんだと実感する。
待ちわびていた。
ユーリとの二人きりの時間を。
聞きたかった。
いつもの声で「おかえり」と言う声を。
見たかった。
その声と共に見れる太陽のような笑顔を。

それは、贅沢なものなのだろうか?

ユーリ自身も俺が記憶を失った相手だと分かると、俺を思い出すために質問してきた。
「えぇと…あんたはさ、俺のなんだったの?」
「俺は護衛です」
「護衛!?そんな身近な人なのに…ごめん」
「仕方ありませんよ。誰にだって防げない事はあります」
「うー、でもさぁ。じゃあさ、なんかエピソードとかなんか無いか?それなら覚えてるかも!」
「エピソード…ですか…」
「うん、そう!」
「…では陛下、覚えてませんか?俺と貴方はよく執務を抜け出してキャッチボールして、グウェンダルに怒られたんですよ」
「え!?キャッチボールってこの世界でできるの?」
「では、覚えてませんか?城下に出かけて色んなモノを見たり食べたりしたんです」
「城下へはヨザックとは行くんだけどなぁ…」
だけど、ユーリの生み出す言葉はどれも残酷で。
俺との思い出は俺がいない状態で成り立っていた。

こうなると、初めの一歩が必要なのかもしれない。俺とユーリの、最初の一歩。
俺は片膝をを着き、胸の前に右手を添える。そしてユーリの顔を見て、精一杯の笑顔でこう言った。

「はじめまして、ユーリ陛下。俺の名はウェラー卿コンラートと申します」

俺の言葉にその場にいたユーリ以外の全員が息をのんだ。まさかはじめましてなんて言うとは思わなかったのであろう。
「コンラ…??コンラッド…じゃなくて…」
「コンラッドでいいですよ。以前の貴方はそう呼んでいました」
「そっか、よろしくな、コンラッド!!」
にこっと無邪気に向けられた笑顔に、また様々な感情が沸き上がってきて目をまた伏せる。
「でもはじめまして、じゃないんだろ?」
「…そう…ですね。すみませ…っへい、か…っ」
もう堪えていたものも限界になった。
ユーリの優しさを実感し、それがきっかけとなり涙腺も限界になる。
しかし、みっともない所は見せたくない。それに、ここで泣いたりしたらユーリは自分を責めるかもしれない。それはだめだ。
頭では理解できても感情がついていかない。
俺は目頭が熱くなるのを感じ、溢れ出てくるものを堪える。すると頭上からふぅ、というため息が聞こえた。そして頭に彼の手が乗せられ、俺の頭を撫でつつ彼はよく分からない事を言った。
「なぁ、もうよくないか?」
「は…?」
「まぁ、それで渋谷がいいならね。全く、君はウェラー卿には甘いというか」
「うっ、うるさいっ!」
二人の言っている意味が分からない。
「あの…何「せーのっ!!」

パンッ!!パパンッ!!

ユーリが合図すると、後ろから何かの複数の音が聞こえ、火薬の匂いがした。ばっと振り向くと、皆の手には円すい型の何かを握っていた。それは、地球にいた頃見たもの…
「クラッカー…?」

「コンラッド!!」
ユーリに呼ばれてユーリの方を再び見ると、先ほどまでは持ってなかったスケッチブックをこちらに見せていた。そして、眞魔国語で書かれているそれを見て…混乱する。いや、停止する、の方が正しいかもしれない。
そんな俺を知ってか知らずか。その場にいる俺以外の人が声を合わせてスケッチブックと同じ言葉を言った。

「「「ドッキリ大成功!!」」」

「………は、」
「いやぁ、想像以上の出来栄えだよね、渋谷」
「坊ちゃんの演技はなかなかでしたよ」
「コンラッドがだいたい下向いてたから村田のカンペ見れたけど、それが無かったらバレてたよ」
「コンラート!いつまで固まってるんだ!!僕の兄上はそんないつまでもヘタレている男ではないはずだぞ!」
「まぁまぁ、コンラートも少し混乱してるのですよ」
「申しわけありません、閣下…」
「私は始めから反対したからな」
「おや、責任転嫁ですかグウェンダル?男のくせに情けない」
「コンラッド、大丈夫?」
猊下、ヨザック、ユーリ、ヴォルフラム、ギュンター、ギーゼラ、グウェンダル、アニシナ、グレタが次々と話すも、未だに理解できなくて。
「陛下、これは…?」
「だから、ドッキリだって。俺、階段から落ちてないから。大丈夫だよ」
「ど、どっきり?」
「相手を驚かせてどう反応するのか楽しむ事さ」
「では…その…」
「何一つ忘れてないよ。あと…陛下って言うなよな、名づけ親」
いつものように言われ、これが全て芝居だとやっと理解する。足の力が抜けて、ヘタリと座って片手で顔を覆う。
「は…ははっ。やられました…」
「えと…コンラッド、大丈夫?」
「ドッキリ…大成功ですね」

そう言って彼は情けない顔をして笑ったのだった。

◇  ◇  ◇

陛下と猊下、ヨザック以外は皆で退室し、俺は未だにベッドに片手をつき、もう片方の手で顔を覆っていた。
ユーリはベッドを触る手の上に片手を重ね、逆の手で頭を撫でていた。
「ウェラー卿、どうだった?」
「…最悪、でしたよ。心臓が…止まるかと思いました」
「だろうな。あんたに報告した時の顔、結構面白かったぜ?」
「うるさい」
「やーん、隊長、こーわーいー」
「そういえば、コンラッドが部屋に来た時は俺が記憶喪失だって知らなかったみたいだけど言わなかったの?」
「言おうとしたら血相変えて走って行っちゃったですよ。人の話は最後まで聞いて欲しいですねぇ」
「渋谷の事になるとこうなるんだから」
「ごめんな、コンラッド。って、コンラッド?」
「すみません、見逃してください」
「は?って、うわっ!」
俺はベッドに膝を着き、ユーリの腕を引いていたわるように抱きしめる。
「ちょっ…。まぁ、今回はいいか」
きゅっと背中に腕がまわされた。そしてポンポンと背中を叩く。
「もう、ドッキリはこりごりです」
「大丈夫、もうしないよ」
「でも、どうしていきなりこんな企画を?」
「それはウェラー卿が原因だよね」
「俺…ですか?」
「隊長が坊ちゃんの言い分を無視したのがそもそもの原因なんだぜ?」
「ユーリの言い分?」

それから俺は3人から、なぜそうなったのかの経緯を聞いた(もちろん、ユーリを抱きしめたまま)。
そして、自分の行動に後悔する。
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