パロディ−parody

□個人編【甘え】
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─今日は帰りちょっと遅くなる

バイト前にそう連絡すると必ず

─帰るとき連絡して!迎えに行くから

と返事が来るのが当たり前で

涼太に愛されてるなーなんて少し自惚れていた


だけど、最近そうはいかなくて

─テッちゃんが迎えに行ってくれるから

だとか

─タクシー使って帰っておいで

だとか

─気をつけて帰ってきなよ

だとか少々冷たい


態度が冷たくなったわけではなく迎えにこなくなっただけだから、それについてとやかく言うことができなかった

自分だけがモヤモヤしているような気がしてなんだか消化不良の日々だった



誕生日を終えた6月末

毎日雨が降っていた

そう、梅雨だからだ

梅雨の時期はバイト先にお客さんが少ないから早めに帰れていた

でも今日はめずらしく団体のお客さんが来るという

これは帰りが遅くなる

そう思っても連絡できなかった

今日はどんよりした空の色でも雨は降っていなかった

だからつい油断してしまった


「雨降ってるから迎えに来て?」
『タクシーで帰っておいで』
「乗り場絶対混んでるよ」
『じゃあ傘買ってきなよ。甘えないでさ』


ダメもとで涼太に電話してみると、案の定冷たい返事ばかりが返ってきた

連絡しないで黙って帰ればよかったと後悔し始めた頃、後ろから声を掛けられた


「どうしたの?傘ないのかな?」
「あ、はい…」
「その様子だと迎えにも来てもらえない感じ?」
「えっと…」


声を掛けてきたのはバイト先の先輩だった

通話中にしたまま話していたから涼太にも聞こえたはずだ

別に涼太を悪者にするつもりはないけど、ちょっとだけ仕返しのつもりで言葉を選んでいく


「そうなんです、そんなに遠くないのに来てくれないんですよ」
「それでそんなに不機嫌な顔なんだ」
「怒りたくもなります。最近こんな調子で…」
「やさしくないお兄さんだね」
「え…?」


なぜ兄と話しているとわかったのか

いつもやさしい先輩だけど今日はなんだか怖く感じる

今の一言を後悔した瞬間、電話の向こうの涼太が叫んだ


『早く!早く帰ってくるんだよ!』
「へ?」
『だから!今すぐ帰っておいで!』
「う、うん…」


ただならぬ様子に圧倒されて頷きながら答えて電話を切った

先輩にこんなところを見られては恥ずかしくてすぐに帰ることにした


「先輩、なんかすみません。兄もああ言ってるので帰ります」
「なら送ってくよ?」
「結構です、迷惑になっちゃうし」
「そんなことないから」


帰ろうと先輩に背を向けた途端、腕を掴まれて先輩の方を向かされる

それがとても怖くて必死で手を振り払った

先輩は余裕で笑いながらひらひらと手を振っている

雨を気にせず走り出す


涼太に連絡しないですぐに帰っていれば

涼太が迎えに来てくれれば

考えればいろいろ浮かぶけど、どれも責められなかった

こうなってしまったことには変わらないし、涼太の言う通りだから

─涼太に甘えてちゃダメだよね



家に着いた時には雨でびしょびしょになってしまった

途中で傘を買おうとは思わず、ただ走り続けた

このまま家に入るは躊躇われ、家の前でハンカチで拭いてみたものの無駄な努力になった

しょうがなく諦めて家に入って真っ直ぐ部屋を目指した

するとタイミング悪く涼太が部屋から出て来てしまった


「……た、ただいま」
「おかえり。傘買わなかったんだ」
「うん…」
「買えって言ったのに」


そんな風に言わなくていいのに

そう思うと急に寂しくなって視界が歪んだ

バレないうちに部屋に入ろうとドアノブを掴んで視線をそらす

バレてしまうことはわかっていたけど、やらないとすぐに甘えてしまうから逃げるようにそうした

でも、涼太に手首を掴まれ抱き寄せられた


「あかね!」
「っ…濡れちゃうよ、やめて」
「ごめんね…オレやっぱり間違ってた」


ぎゅうっと抱き締められて疑問符を浮かべる

─間違ってたってどういうこと?


「オレさ、あかねちゃんのこと甘やかしすぎなのかと思って心を鬼にして迎えに行かないようにしてたんだけど…寂しい想いをさせるんじゃ違うし、こんな雨に濡れて……」
「涼太…」
「ごめん…お兄ちゃん失格だ」
「そんなことない…」


涼太の体温が直に伝わり、ほっとする

迎えに来なくなった理由もわかって、モヤモヤが晴れていく

濡れた髪の毛を梳くように撫でられ、その髪の先から水が滴る

涼太の服に染み込んでいくのを見ていると不思議と安心できた


「すぐにお風呂入れてあげたいんだけど、さっきテッちゃんが入ったばっかりなんだよね…」
「大丈夫だよ」
「ダメ!テッちゃんがあがるまでオレがあっためてあげる」


そう言うと涼太はわたしの手を取って部屋に引き込んだ

いつもと変わらぬ涼太の部屋、でも今日はなんだか違って見える

明るくて暖かい、そんな感じ

ぼーっと部屋を眺めていると、パサッとタオルが頭に掛けられた

そのままわしゃわしゃと水気を拭かれていく

落とした視線の先には涼太の足が見える

家にいたはずなのに今すぐにでも出掛けられるような服装であることに気付いた

─もしかしたら、迎えに来ようとしてた?

そう思うと胸の奥がジワジワと熱くなり、愛しさに満ちた


「…ん?どうしたの?」
「なんでもなーい」
「ウソだ!今しあわせーって顔してた」
「してな……わっ?!」


服の裾を掴まれたと思った時には濡れた服が脱がされ、すぐに涼太のTシャツを着せられた

こんなの、小さい頃ぶりで恥ずかしいような懐かしいような気分になって口をつぐんだ

それを見られ、複雑な気分になる


「照れた?」
「ちがうっ!」
「お兄ちゃんの特権だなあ、こういうの」
「特権?」


楽しそうにニコニコしたかと思えば、すぐに真面目な顔をして抱き締めてきた

そしてトーンを落とした声で静かにつぶやく


「お兄ちゃんはいつまでもお兄ちゃんなんだよ。あかねに変な虫がつきそうになったら追い払いたくなるの」
「あれはバイト先の先輩で」
「でもアイツ絶対気があるから」
「そう、かもね……」


電話を切ってからの行動を思い出すとゾッとした

これからはあの先輩には近付かないようにしようと心に誓ったとき、涼太が力強く言葉を発した


「いい?これからはお店まで迎えに行くから!」
「えっ?!」
「お店まで迎えに行かないと安心できないからね。ちゃんとあがる時間教えてよ?」
「そ、そんな…子供じゃないのに恥ずかしいじゃん」
「ダーメ!何かあってからじゃ遅いでしょ?」


さっきまでほったらかしにしてた人の言葉とは思えない言葉に呆れつつ、ホッとしている自分がいた

これが涼太、これがわたしのお兄ちゃん

そんな気がして笑ってしまった


「な、なに笑ってるの?!」
「涼太がかわいいから」
「かわいい?!あかねちゃんのほうがかわいい!」
「のほうってなに?自分がかわいいの認めるんだ」
「違うってば!そう言う子はー」
「や、ちょっ…きゃあ!」


ふわりと持ち上げられ、ベッドに放り投げられた

考えもしないことをされて驚いていると、涼太が上に跨がるように乗っかってきた

こんなにも恥ずかしい体勢になって冷静でいられるはずもなく、顔に熱が集まる


「あれー?顔が真っ赤だよ?」
「なっ…なにやってるの!」
「……だめ?」


涼太の行動や言動は時々わからなくなる

お兄ちゃんとは思えない程の優しさや愛情を向けてくることは嫌ではない

むしろうれしいくらいなんだけど……


「……なにしてるんですか?」
「え?」
「わっ!テッちゃん?!」
「お邪魔しました。あ、お風呂空いたので」
「あ……誤解されたよ?」
「ごめん」


家族や友達に見られると結構面倒なことになる

それでもいいやと思えてしまうのだから、わたしも相当ブラコンだ

思っているよりも好きなお兄ちゃんにこれからも甘えていきたい

懲りなくそう感じたのだった



(せっかくだから一緒にお風呂入ろ?)
(う…この体勢のまま言う?)
(よし、入ろっか!)
(き、聞いてる?!)
(オレも冷えちゃったし、早く入りたいのー)
(わ、わかったよ……)
(あかねちゃん押しに弱いよね、ホントに☆)



−*−*−*−*−*−

これは本当にお兄ちゃんなんでしょうか?←

黄瀬に「〜っス」を言わせないと誰だかわからなくなるのが悩みでした(^o^)

黄瀬だと感じていただけていれば幸いです……





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