BL−boys love

□眼鏡には残念なイケメンを
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誰にだってぼーっとすることはある

ただ眠くてぼーっとする、考え事をしていてぼーっとする、体調が悪くてぼーっとする

様々ある中で今の俺は……


「日向?どうした、ぼーっとして」
「あぁ、ちょっとな」
「今日の練習キツかったもんなー」
「ちげーよ」
「そうなの?」


練習後、部室のベンチに腰掛けたまま動かない俺が心配になったのか伊月が隣に座って声を掛けてきた

伊月のこういう優しさは素直にうれしい


「じゃあ考え事?」
「まあそんなとこ」
「まさか好きな人でもできた?」
「好きな人っつか、彼女のこと」
「そっかー……って?!日向今何て言った?彼女?どういうこと?」


やばい、ついうっかり秘密にしていたことを言ってしまった

伊月が口をぱくぱくさせながら俺を見つめている

これは白状するべきか


「いや…隠すつもりはなかったんだ」
「隠してるよねもうすでに現在進行形で!」
「わ…悪かったって」
「で、どんな彼女?うちの学校?」
「……大学生」
「年上?!日向って年上好きだったんだ…」


なぜか残念そうに肩を落とす伊月の顔はやっぱり残念そうで

どうしてこんな態度を取るのか俺にはわからなかった


「年上好きってか、歴史好きで気が合う人でさ」
「なるほどねー。じゃオレ敵わないや」


ははっと軽く笑い立ち上がった

そんな伊月を追い掛けるように俺も立ち上がる

すると伊月は背を向けたまま小さく呟くように話す


「これから彼女さんに会うんでしょ?寂しい想いさせちゃダメだからな」
「あ、あぁ…」
「大学生かぁ…頑張ってね日向」
「おい伊月!」


静かに部室を出ていく伊月を追うことはできなかった

中学からの付き合いの伊月だけど、こんな姿は見たことがない

胸がざわつくが待ち合わせの時間が迫っていたため慌てて着替え、学校を後にした



「順平?どうしたの、ぼーっとして」
「あ、悪ぃ」


さっき伊月にも同じように聞かれた気がする

伊月のときは彼女のことで、彼女のときは伊月のことで考え事してる俺って何なんだろう

目の前の人との時間を大切にしなきゃいけないことくらい、この並な頭でもわかる

けど、さっきの伊月の様子が引っ掛かって落ち着かない


「今日の順平難しい顔してるね。練習大変だったの?」
「練習はいつも大変だけどそれくらいやらないとだから」
「すごいなあ。順平ってほんとストイックだよね」


ストローを弄びながら笑う彼女は俺に釣り合わないくらい可愛らしい

同級生にはない大学生の大人びた中の幼さや無邪気さに時々ドキリとする

まだ付き合い始めて2週間、知り合ってからは半年程経っただろうか

武将フィギュアを買いに行った先で知り合った彼女は積極的に俺に連絡をよこした

まあ、言ってみれば彼女が練習で忙しい俺の事情や年齢差などいろいろ押し切って付き合う形になったのだ

今日はマジバでおしゃべり、と言ったところだろうか


「順平がバスケしてるとこ見たいなあ。試合とかないの?」
「試合は…次は冬だな」
「じゃあ見に行っていい?」
「ダメとは言わねえけど…」
「わかるよ。邪魔になりたくないから行かない。頑張る順平を応援したいだけ」


そう言ってまた笑う

どうして俺?
どうして彼女は俺を選んだ?

こんなことを考えてるなんて、彼女は気付いているのだろうか

急に申し訳なくなって視線を落とした


「あ、そうだ!今日うち来る?新しいフィギュアが手に入ってね」
「いや、今日は無理」
「そっか。練習で疲れてるし、高校生は大変だもんね」


適当な返事をしながら思うのはやはり伊月のことだった

寂しい想いさせちゃダメ、なんて言ってた伊月のほうがよっぽど寂しそうだったじゃないか


「誘ってもらって悪いけど、俺そろそろ帰るわ」
「わかった。こっちもごめんね。忙しそうなのに会いたいなんて言って」
「おまえは悪くねーから。じゃ、またな」
「ばいはーい!」


我ながら淡白すぎる別れ方に驚いた

店を飛び出すとすぐに携帯を取り出して電話を掛ける

もちろん伊月に、だ

何回か呼び出しがあってから無音になった


「もしもし…伊月っ?」
「…日向?どうした?」
「今どこだ?」
「家だけど…」
「今から行くからな」
「へ?や、ダメだから…彼女さんとデートはどうしたの?」


走りながらだから聞こえづらいけど、伊月の声が震えてる気がする

早く会いたくてさらにスピードをあげる

こういうときにキツイ練習をこなしていることをよかったと思うとは


「いろいろあんだよ。ちゃんと家で待ってろよ!」
「家はダメ…近くの公園ならいいけど」
「あ?じゃあそっちで待ち合わせな」


ヘタレな俺でもやるときはやる

どうしても今伊月に会わないといけないと警告のように頭に鳴り響いて止まない

会ったら何を言うとかそんなことを考える余裕もなくて

ただ会って顔が見たかった



「伊月!」
「日向…そんなに走って来なくても…」


眉根を寄せた困り顔の伊月が俺を迎えた

とりあえず安堵のため息をこぼしながら息を整える


「あのな伊月、どうしても会いたくて来たんだ」
「は?何言って」
「お前が…寂しそうだったから、気になっちまって」
「バカ、ほんと何言ってんの?…ずるいよ日向のそういうとこ」


両手を握り締めて肩を震わせる伊月はなんだか弱々しくて

俺はそんなにずるいことをしただろうか

本当に伊月が心配で会いたくて来たというのに


「…彼女さんよりオレが大事なの?」
「そりゃあどっちも大事だけど……」


どっちも?

すぐに疑問が生まれて口をつぐんだ

どっちも大事ならあんなにもあっさりと彼女と別れて来ただろうか

もちろん伊月とは付き合いが長いし、いろんな過去もお互いが知っている仲だ

試合に出られない悔しさ、試合で勝利した嬉しさ、練習が厳しくて吐きそうなときだって一緒に乗り越えてきた

明らかに自分の中には彼女よりも伊月が多く存在している

考えれば考えるほど伊月のことが浮かんで止まらない


「彼女さんよりオレが大事って言うの?そんなのオレのほうが好きって聞こえるよ?」
「…あぁ、そうだ」
「は?」
「そうだよ。俺、伊月のこと自分が思ってたより好きみたいだ」


これで間違ってないよな

だからこんなに一生懸命走って会いに来たんだよな


「……そんな」
「え?」
「…そんなこと友達に言うわけ?」
「え?俺は思ったことを言っただけで」
「好きとか!彼女と友達で比べて言うの?」
「……っ!!」


俯いていた伊月が顔をあげると涙を流していた

それはあまりにも突然で頭がついていかない

どうして泣くほど本気で問うのか

そう思う傍ら泣くほど本気で彼女と自分を比較する伊月がかわいく思えて

自分もそろそろ病気かな、なんて笑いが込み上げてきた

そして今日伊月の様子がおかしかったのはこのせいか、って今更気付いて余計笑えた

そうか、そういうことだったのか


「伊月は俺のこと好きじゃないの?」
「…好き」
「なら間違ってねーよな」
「…もし、その好きが違う意味だとしたら?」


違う意味?そんなはずはない

俺が知ってる"好き"はこれだけ


「…っひゅ、が……?」
「これが違う意味か?」
「……くっ…ぅ……」


抱き締めると伊月は堰を切ったように泣き出した

それが何を示しているかは明確で

そっと背中を撫でてやると詰めていた息を吐いた

もう苦しまないでほしい、そう想いを込めて優しく撫でる


「ごめんな。もっと早く気付かなくて」
「…ううん」
「俺自身も気付いてなかったし、最低だな俺」
「そんなこと、ない…このオレが好きな…日向だよ?」
「たいした自信だな」
「……バカ日向」


ちゅっ、という音と唇に感じたやわらかな感触は一瞬でもそれがなにか明らかだった

顔が熱くなるのがわかって伊月から離れようとしたがそれは叶わず、後ろから捕まってしまった


「お、おい!なにして…っ」
「好きの証明?」
「俺のファースト…」
「オレもだよ?…あれ?彼女さんとしてないの?」
「するわけ…」
「なーんだ。そうだったんだ」


ギュッと抱き着いてくる伊月がまたかわいい

そんなに彼女のことが気になってたなんて、お前は乙女か!と突っ込みたいのを抑えて改めて伊月に向き直る

こういう時に漢を見せなきゃ男が廃る!


「い、いいか」
「ん?」
「せっかくのファーストキスだ。ちゃんと想い込めるからな」
「えっ?日向?」
「俺にも好きの証明、させろよ」
「や、ちょっと待っ……んっ」


伊月の言葉を遮るようにゆっくり口付けると、さっきの一瞬ではわからなかったあたたかさを感じた

それを求めるうちに角度を変え、何度も口付けた

気付くと伊月が苦しいと背中を遠慮なく叩き付けていた


「痛っ!悪かったって!」
「はあっ…もう…っ」


息を切らせ目に涙を浮かべる姿はまだ知らなかった伊月の姿で、思わず口元が緩む

これからもっと知らない伊月を知ることができるのかと思うと余計にだ


「クラッチかと思ったらニヤニヤするし…キモいよ」
「はぁ?!」
「もう帰る!」
「ちょ、伊月!」
「……ありがと、日向を好きになってよかった」


いきなり笑顔を向ける伊月にときめいたりドキドキしたり

でもそんな場合じゃない

伊月の手を握って歩き出す


「送るよ」
「すぐそこなのに」
「恋人を送るのは当然だろ」
「うわっ…二股?」
「彼女とは別れるから。また歴史仲間に戻る。俺にはそのほうが合ってたと思うし」
「そっか」


きゅっと握り返すその手が愛しい

この手がバスケットボールを操っている、その手で俺と繋がっているのだから


「幸せそうだな」
「日向こそ」
「おかげさまで」


いつまで繋がってられるか、そんなことはわからない

けど、今こんなに幸せなんだからきっとこの先も離したくないはず

何気なくそばにいて、他の奴らよりお前を知っているのは偶然じゃないと信じて


これからもずっと一緒に居たいんだ――



(ところでオレってそんなに残念?)
(は?突然何だよ)
(今日女子に残念なイケメンって言われた)
(まあな……)





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