桜恋唄 〜その壱〜

□第十九話
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西本願寺に屯所が移転してから早数ヶ月が経った頃。


前より随分広くなったな……。


そんな事を考えながら、俺は境内へ足を踏み入れる。


道を曲がって、境内の裏手へ────。



薄暗い一角に腰掛けた人の姿を見つけると、俺は声を上げた。



『総長。食事の準備が出来ました』


「ああ、君でしたか。ありがとう」



雪は消えて、桜も過ぎて、今は燕の季節。

境内の片隅で微笑む総長に笑顔を返し、俺は手を風に晒した。



『だいぶ、風も暖かくなってきましたね』


「ええ。……まあ、今の私には、風より陽射しの強さ方が癇に障りますがね」



あの薬に身を委ねた夜、総長は、白い髪と血に酔った瞳を持つ、人外の存在に姿を変えた。


けれど今、穏やかな微笑の総長からは、あの夜の姿など想像も出来ない。

あの日の事を夢だと言われれば、納得してしまうかもしれないくらい。



……だけど現実に、総長はこうして平隊士から姿を隠すように暮らしているし、どこか陽を避けるようにもなった。


それは紛れもない事実。

しかしそれ以上に、総長が明るさを取り戻してくれた事────それが救いだった。



やや談笑を交わした後、俺は総長に一礼すると、その場を後にした。




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