姫の楽譜

□お迎え
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今日も学校の帰りに保育園に博士の代わりとして弟二人を迎えに行った

いつも通り右手は翔と左手は那月と手を繋いでいる

「今日は真斗せんせいがつるを折ってくれたんですよ」

「おれはトキヤせんせいにペンギンの絵をかいてもらったんだぜ」

二人は代わる代わる今日あったことを話して行く

些細な内容だけれど今日も楽しかったようで何よりだと思う

「藍ちゃんは今日なにか楽しいことありましたか?」

左右からのマシンガントークが終わったと思ったら今度は左手を引っ張られる

今日楽しかった事、か…

「別に…言うほどの事は無かったかな」

「藍ちゃん、今日はたのしくなかったんですか?」

「そんな事は無いけど…」

少し濁して言うと那月と翔は顔を見合わせる

僕はあまり心配を掛けたく無かったから、とりあえず口を開く

「強いて言うなら、図書館で読みたかった本を見つけた事かな…」

読みたかった本を見つけたのは嘘じゃないしね

「どんな本なんですか?」

コンピュータの基盤を徹底的に解説してある本なんだけど…

多分、その本を読んで面白いと思う小学生なんて僕くらいだと思う

「面白い本だと僕は思うよ」

「おもしろい……
翔ちゃんはどんな本だとおもいますか?」

すると翔は那月を指差す

「おもしろいって言ったらやっぱケンカのおうじさまだろ

けんかつよいし、かっこいいしな」

その言葉に那月は笑顔になり僕はため息を着く

こないだ博士に保育園児にケンカの王子さまは早いんじゃないかって言ったのに…

「翔ちゃんは本当にだいすきなんですね」

「あたりまえだろ!」

翔がポーズを決めている一方で那月に袖を引っ張られる

どうしたの?と声を掛けると那月は前を指差す

「あれ?藍ちゃん、あの人ってはかせですよね?」

少し前の交差点の対岸に白衣姿の人がいる

変だから白衣で外に出ないでって僕言ったのに…

本当に博士って僕の言ってること聞かないよね

「本当だ、珍しくお出迎えかな?」

博士に思いっきり手を振る那月と翔

そして手を振り返す博士

そのまま走り出しそうな翔の手をしっかり握る

交差点で信号を待っている間の那月と翔は本当にそわそわしていた

何度も何度も信号を見て、博士を見て車の往来を見て…

博士が研究室から出てきたのは2週間ぶりくらいで、その間ずっと会っていなかったから2人とも話したいことが沢山あるんだろう

信号が青になった瞬間、2人はとりあえず走り出そうとする

「翔、那月、横断歩道を渡る時はどうするの?」

「えっと…たしか左、右、左?」

「逆だよ、翔。右から」

日本の道路は左側通行なんだから右を先に見ないと…って言うだけ無駄か

「あ、手をあげるんですよね。真斗せんせえがこないだ おしえてくれました」

2人は左右を確認した後、律儀に手を上げて横断歩道を歩き出す

「はかせ〜!」

横断歩道を渡り終わるとすぐに手を離して2人は博士の所に走って行く

足元にくっついて博士を見上げて話してる

何か僕に話してた時より、楽しそうなんだけど…

先に家に入ろうと3人の横を通り抜けかけた時、急に頭を撫ぜられた

「ありがとうな、藍」

「ちょっ、博士っ!何なの急に」

必死で抵抗しても博士の手は離れようとしない

「しっかりしてるとは言え、小学生に家のこと全部任せきりだろう?

悪いことしてるなぁって」

こんなに素直な博士は初めてだ

正直言って、気持ち悪い

「それにさ、藍がいるから研究に専念できてる訳だから

ちょっとした感謝の気持ちを表そうと…」

気持ち悪いけど、不快ってわけじゃない

博士の言葉がなんかくすぐったく感じて

そのくすぐったさが恥ずかしくて…

「ーー痛っ」

思わず全力で博士の手を叩いてしまった

そしてそのまま家にむかって歩き出す

そうしたら後ろから那月と翔に思いっきり抱きつかれてこけそうになる

「ちょっと、那月、翔」

後ろを振向くと笑顔の博士が

そして左右には僕の手を握った那月と翔が

……暖かい

そっと胸に手を当てる

データ的にも触感的にもいつもと変わらない

でも…

「暖かい……」

これが博士が言っていた幸せってものなのかな

「しあわせ」

ゆっくりと一文字ずつ口の形を確かめながら呟いてみる

なぜかわからないけど、少しくすぐったい

でも、そのくすぐったさが今は心地いい

兄の僕に懐いてくれる那月と翔がいて

僕達を見守ってくれている博士がいる

この空間がとても暖かく感じた

当たり前の事だけどこれが僕にとっての“暖かさ”

ぎゅっと手を握り返す

そっか……

この暖かさが、幸せなんだ……

「那月、翔、晩ご飯は何がいい?」

下から聞こえてくる無邪気な声に耳を傾けながら僕は“幸せ”という感情を噛み締めていた

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