血界戦線

□純文学の甘言
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ペラリ、と慈しむ様に紙を撫でる音。
彼女は、僕の隣で綴られた創造物を観測していた。

『項を捲る音は好きかい?』

紙の様に白い音を息の様に紡ぐ彼女。
恐らく僕が横で彼女の様子をじっと見つめていたのが
気になったのか、気にならなかったのかは分からないが
僕の相手をしてくれるという事なのだろう。

「多分、好きだと思います」

だって、名無しさんの好きな音ですから。とは恥ずかしいので言わない。
彼女は所謂、本の虫だった。

『そうか、君は矢張り、素直だね』

「それぐらいしか、取り柄がありませんから」

『いいや、君の取り柄は無限大さ。君の全ては可能性を秘めた魅力の塊だよ』

「それは…ありがとうございます」

彼女の方こそ素直な人だと思う。
恥ずかしげもなく、こう言う言葉を綴っていくのだ。
僕の頬の赤さは最初に比べれば隠せているだろうか、と
彼女の物言いに慣れた今でも思う。

『では、私の事は好きかい?』

「名無しさんの事ですか?そりゃあ、勿論好きですよ、憧れの先輩ですし…」

本へと注ぐ視線はそのままに、問う彼女。
どきり、と一瞬跳ねた心臓は見ないフリをする。
今迄、彼女へ向けていた視線が、何となく宙を舞っている。

『そう言う事ではなくて、"I Love You"の意味で、私の事はどう思っている?』

「…えっ?」

今し方どきり、とした心臓はどうやら見ないフリを許してくれなかった。
頬が熱いのが自分でも分かる。
未だに、彼女の視線は本へと向けられているのが幸いだった。

『恥ずかしがる事はない、素直に答えておくれ』

「えっと…、その…」

ゆるり、と僕をその言葉で追い詰めていく彼女は
唇もゆるり、と弧を描いて
どこか、優雅に微笑んでいる。
正直に言うのなら、僕は彼女に恋情を抱いていた。
彼女はそれを知ってか知らずか…
いや、恐らく知っていて今の問いを僕に提示したのだろう。
しかし、こればかりは僕の素直さも
羞恥心は敵わなかった。

『そうか、こちらが問うてばかりでは失礼だったね』

「え、いや…そう言う問題じゃ…」

『いいから、聴いておくれ。…先程の質問を君から問われたなら、私はこう答えるよ』

パタン、本を畳み込む音
読み終わったのではない、と頁数で予想できた。
一拍置いて、日常の様に息を吸う唇。
一方、僕の唇は緊張で結ばれている。

『私はね、レオ君。…君の為なら死ねるよ』

それくらい、好きさ。
にこりと笑う顔は何時もと変わらぬ様で
少々の照れくささが滲んでいる。
っは、と息を吐くと、彼女の言葉を吸い込む
ゆるり、と瞳を開いて、彼女の瞳を映した。

「…俺も、名無しさんと同じですよ」

読み途中で栞も挟まずに綴じた本には
二葉亭四迷と著作者の名前が
彼女の指から覗いていた。

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