二万感謝企画

□21.
1ページ/1ページ



ぴ、と心臓が動いていることを示すメトロノームに耳を傾ける。この音が一定に私の耳に入る、それは俄雨が生きている証。そう思うとなんとも言えない心地良さがあった。

「俄雨は寝太郎だね」

こんな風に頭を撫でると、いつも照れ臭そうに俄雨ははにかんでいたね。何度いじらしい、と思っただろうか。

こんな風に瞼に口付ければ、耳まで赤くして、うろたえる俄雨。いつぞや、そんな姿までも可愛くて、何度もしてしまって俄雨はからかわないで下さい、だなんていじけてしまった。

私が今日みたいに傷を負ったなら、喩えそれが小さな傷でも眉を下げて、「雷光さんの方が痛いから僕は泣いちゃいけない」だなんて眦に溜まる涙を必死に拭いながら手当をしてくれた。

「俄雨、お腹が空いてしまったよ」

お腹が空いた、と言えば、食べたい物は無いかと問うて、私の為にご飯をいそいそと作る小さい背中。私が美味しいと言えば、現れる愛らしい笑み。ねぇ、俄雨。私はおまえの作るご飯以外美味しいと感じなくなってしまったんだ。いや、俄雨のいない食卓に座ること自体が辛いのやもしれない。

優しい優しい可愛い俄雨。清水家を離れてからの私の全てだった、私の俄雨。たった一人、代わりなど作れない私の。その全てを、私は私自身からこの手で奪ってしまった。私の後を必死に追い、振り返ると必ず傍にいた俄雨が居ない。それほどの大きな物を簡単に奪えてしまうこの掌は、その簡単に奪えてしまう物を取り戻すことすら出来ない役立たずの物だ。

でも俄雨は昔体調が弱っていた時に言ったのだ。


一眠る時、目が覚める時。雷光さんが掌を握って傍にいてくれたら、僕はそれだけで安心出来るんです。


と。この斬り落としてしまいたい衝動に駆られるこの掌が、おまえを安心させてやれるというならば。今しばらく置いておこう。そうして、この掌を傍に居られる限りずっと握っていよう。ずっと私が掌を繋いでいる。だから安心して目を開けていいんだよ、俄雨。何も怖れる物は無いし、私はずっと居るのだから。だから、どうかどうか。


【手のひら】


(俄雨。早く目を覚ましておくれ)



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ