二万感謝企画
□37.
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くるくる、と傘を回して、左足を軸に身体を回して、次は右腕を軸に回して、立ち止まって振り返る。そうしたら必ずそこには、銀ちゃんがいて。
だから私は、くるくる回っても、ずっと銀ちゃんを見てなくても全然構わない。だって銀ちゃんは必ず、馬鹿やって、私の傍で笑ってるから。
この星に連れて来られて、銀ちゃんに出会って、初めて人の優しさに触れたと思った。お父さんとは何か違うけど、お父さんみたいで、そう、お兄ちゃんみたいな感じ(新八は近所の糞餓鬼でいいアル)。銀ちゃんと離れたくないって思った。
「なあ、兄ちゃん」
不意に後ろから知らない声が聞こえて、傘を傾がせ肩越しに見遣ると近所の鼻水垂れた坊主が銀ちゃんの刀を引っ張っていた。
「これ、見せてよ」
「あ?駄目駄目。これが無くなったらお兄さん死んじゃうからさ」
嘘だあ、貸してよ。って鼻水(アイツの名前なんか鼻水で上等ネ)が無理矢理銀ちゃんの刀を引っ張った。それを持って走ろうとした時、近くを歩くおばさんにぶつかって、落ちた刀はからから、と川に落ちた。
あの刀は銀ちゃんがいつも持ってるお気に入り。私の傘と同じ、銀ちゃんの大事な刀。
『あ?駄目駄目。これが無くなったらお兄さん死んじゃうからさ』
なんでか、本当に死んじゃう気がした。そう思ったら傘を放り出してた。
「げ」
「おいおい、どうしてくれんだ…って、神楽っ!」
銀ちゃんの声を背中に受けて、私は飛び込んだ。銀ちゃんの大事な刀。ぷかぷか浮いて、下流に流れてゆく。届かなくなる前に追い付かないと、あの洞爺湖でないと、きっと銀ちゃんが悲しむ。
必死に泳いで届いた、と安心した時、私はみっともないことに足をつってしまった。
(痛い、苦しい、銀ちゃん)
せめて洞爺湖を投げて、銀ちゃんのところに届けたいのに、水を吸った服が、つった足が桎梏となってそれを妨げる。悔しい、せっかく届いたのに。銀ちゃんの、銀ちゃんの大事な一。
「神楽っ!」
あぶくが広がる中で、刀を抱いて堕ちていく。苦しくて、苦しくて、銀ちゃんに会いたくて、どうしようもなくて。幻聴まで聞こえてしまう。水の中じゃ、この水流が鼓膜を震わせる唯一のもの。銀ちゃんの声が聞こえるはず、ない。
「…ら?神楽!」
銀ちゃん。見慣れた天井に、見慣れないおちゃらけた余裕の消えた焦った銀ちゃん。腕には洞爺湖。よかった、洞爺湖は無事だ。
「銀ちゃん、洞爺湖守っ」
「馬鹿野郎!」
銀ちゃんがこんな怖い顔で、私に怒鳴るなんて初めてだ。怖い、そう感じた。
「何で飛び込んだ?」
怖い。でも、苦しそうな銀ちゃんを見て、怖いより切なかった。何で、なんてそんなの一…なんで?銀ちゃんが死んじゃうから?違う、だってそんなの、銀ちゃんの冗談。そう、大好きな銀ちゃんが大切なものは私の大事なものだから一…。
「刀の代わりはあってもおまえの代わりはいないんだから、もうこんな無茶やめてくれ」
はあ、と大きな溜息を吐き出した後は、お兄さん寿命縮まっちゃったよ神楽ちゃん、といつものふざけた体で頭をくしゃり、撫でてくれた。そして、少し休め、と立ち上がった。
刀の代わりはあっても、私の代わりはいない。刀より、銀ちゃんは私を大事だと言ってくれているのだろうか。そんなことを言われたら、気付かなかったこの気持ちが、溢れて溢れて、わかってしまうじゃないか。
【溢れる】
(銀ちゃんの中で1番になりたい)
(すき)