二万感謝企画
□35.
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いつも、窓の外から声を掛けると肉に飛び付く犬みたいに走ってくる犬が、今日は現れなかった。何度か犬の名前を呼んだけれど現れないから、寝過ごしているのか、と無作法な事と知りつつも、許可なく家に上がった。
「犬一?」
部屋に入ると、布団にくるまった犬が、びく、と跳ねた。起きているのに、何故出て来なかったのか、と問い質そうと布団を引っ張れば、あっさり引き抜くことが出来た。犬が地面と衝突した。
「わ、ごめん……犬?!」
何すんらっ、とでも怒られるかと思って身を竦めて待ったけれどその気配もなく、そっと目を開けて見れば、ぐったりした様子の犬がいて驚いた。
「うわ、熱っ!?」
言ってくれたらよかったのに、とかたくさん頭の中を駆け巡るけど今はそれどころじゃない。氷とか取って来なければ。薬はあるのだろうか。とりあえず犬を寝かせて立ち上がる。すると犬が口を開いた。
「野猿…っ帰れ」
いつもと違う高圧的な口調に驚いた。少し怖いとも思う。けれど、そんなことも言ってられない。あの帽子眼鏡も変な頭の女もいないのに、こんな犬一人に出来るわけない。
「帰れって言ってんら!」
初めて犬に怒鳴られた。犬と喧嘩をしたことはあったけど、こんな風に声を荒げた犬なんて知らない。
(なんで、心配すらさせてくんねーんだよ)
「うつるから帰れ…」
そんなことを気にしてたのか、と思って呆れてみせれば、いつの間に帰って来たのか、眼鏡がいた。手招きされて、そこに行けば、無駄だよ、と言われた。
「俺達は、弱みを見せてはいけない、見せてしまえば用済みだとけされる世界で生きて来たから。」
だから、弱った姿を晒け出すなんてできないし、まして縋ることなんて犬には無理だ、と。だから今日は帰れ、と言われた。
(なんだよ、それ。)
おいらは、そこにいた奴らとは違うのに。犬にとっておいらはそいつらと同じだなんて、ふざけてる。
【もっと。】
(犬、もっとおいらを頼って)
(おいらには、おいらだけには甘えてよ)