「…レン」

そんな覚悟を胸に、でもそれだときっと後でマスターにからかわれるんだよと嫌になりながら俺なんか無視で、何かをおねだりしたそうな声で小さく呟いてこちらに話し掛けてくる俺のお兄ちゃん。
顔を上げてそちらを見れば、今から飼い主に捨てられることを悟ってしまった子犬みたいな瞳で、じっと縋るように見つめていた。

「アイス…」
「熱でてるのに、駄目だよ」

本当はあげるつもりなのに、わざと渋々そうな演技を見せて相手に首を傾げる。
近寄って相手の寝ているベットに座れば袖口をぎゅうと切ない力で掴んでくる相手にどうしようもなく心臓がきゅんと締め付けられるみたいに苦しくなって、行き場の無い思いが溢れ出て、もう、駄目だ、いろいろ我慢とか…無理。
ベットから立ち上がろうとした俺に、袖を掴む力を強くしていかないでとねだるその年上とは思えないくらいかわいらしい仕種に髪を緩く撫でて小さく笑めば待ってて、と告げた。
少しの間渋っていたもののしばらくしてから指を離すのを見てから立ち上がり、冷蔵庫まで行く。
と、プリンアイスを掴んだところでマスターの声が甦った。

『風邪がひどくならないように』

つまり、アイスを温めろと。
俺が外道だと半ギレされて、もしかしたら嫌われてしまうかもしれないそんな台詞をまた、簡単にさらりと言ってくれる。自分ならできるのかと問い返したら多分相手が言うだろう予想の付く台詞は有るが、まずそれより前にあの人はアイスをあげようとなんてしない、それで終わりの話だ。
はあと、さっきのマスターを真似るみたいに溜め息を吐いて相手のところまで少し駆け足で帰る。
ひょこりと顔を出して部屋をそっと覗けば、少しぐったりとベットに身体を沈めたカイト兄ちゃんが見えた。

「カイ兄…大丈夫?」

流石に心配になってアイスを片手に部屋に入れば、またベットに座る。虚ろな意識の中やっとこちらに気付いたらしい相手はへにゃりと抜けた笑みを漏らして、幸せそうに肩を竦めた。
その視線はアイスでは無くこちらに向けられていて、なんなのかわからないけど、それが嬉しくて目尻が熱くなる。
…ああ、やだなあ、馬鹿みたい…こんなことで涙出そうになってるよ。

「レン、」
「…なあに、カイ兄」
「ぎゅー、して」

例の緩い笑みのまま両腕を伸ばして甘えてくる俺のお兄ちゃん。
熱もあるけど、マスターがいなくなるといっつもこうやって、いつものアイスしか見えていないお兄ちゃんがどっかにいっちゃったみたいに打って変わって、あまりに好きだ好きだと甘えてくる。

「アイスあるよ?」
「ん、先に、…ぎゅー…」

普段じゃ絶対聞けない台詞だった。
だからこそ、心臓が締め付けられるくらいまた、幸せが溢れる。

「……レ、ン、…」
「…、……」

と、そんなこんなでうだうだして焦らしている俺に我慢できなくなったのか、お兄ちゃんは身体を半分起こして自らこちらに腕を回して強く抱き着いてきた。
身体が、熱い。
相手の熱がずくずくとこちらの神経を犯していくような気がして、我慢がきかなくなる前に強く抱きしめ返した。
俺の首筋に当たる息も、回した腕がぴたりと合わさる肌も、こちらにまわしてきた掌からしんしんと伝わるそれも、なにもかもが熱くて、それを感じてしまうことが妙に恥ずかしくて脈が速くなっていく。

「、ねえ…」
「なに……?」
「どきどき、してる」

嬉しそうなお兄ちゃんの声。
甘い息が、気付かれたくないそれを、楽しそうに笑む。

「そっちだって、どきどきしてる」

心臓の位置に手を置けば寝巻は薄着だったらしく、微かにひくりと身体を震わせた。
それをくすくす笑えば、恥ずかしそうに視線を外した相手が愛しくて愛しくて、もう一度強く、抱く。
苦しそうにくすんと鼻を鳴らすお兄ちゃんの額に口付けてから、やっと起き上がって、名残惜しそうに俺の手を掴む相手の目をの前に、アイスを見せた。

「食べよ」
「、…でも……」
「マスターが良いって」
「本当…?」
「うん、でも風邪心配だから、」

メルトね、と笑えば少し嫌そうに顔を歪めたお兄ちゃんに更にくすくすと笑いを漏らして、スプーンでアイスを掬った。
普通のアイスじゃないかと瞳を丸くしてきょとんとした相手に首を傾げて、できるだけ平然を装い、微笑んだ。



「口で、溶かしてあげるから」






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