乱世

□逢いたい
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あれから一週間が過ぎた。


俺は慶次に連れてこられ、川でぼんやりと釣りをしている。

慶次は気を使ってか、毎日俺を違う場所に連れて行ってくれた。

城下町、飲み屋、反物屋、朝市、博打・・・。

どれも見た事が無くて、触れた事がなくて、元親の事なんて忘れてしまう位楽しくて興味を掻き立てられ仕方ない。

青空も、葉を風に揺らす木々も、鳥のさえずりも・・・

全てが初めてで、新鮮で、不思議で―・・・、なんて俺は小さな匣の中で生きて来たのだろうかと、沁々と思ってしまう。

―・・・忌まわしい、呪術をかけられた暗い部屋に、訳も解らず人間を治しては激痛に身を捧げていた日々・・・


そんな式神同然の俺を、人間として教育してくれたのは小十郎だけだった。

一人で生きていけるように、教育と知識、剣術を教わり、人間としての喜怒哀楽や、人との付き合い方を本や口頭で教わった。

そして―・・・

小十郎は俺を逃してくれた。
一人で生きていけと、大丈夫だからと・・・。

きっと幸せになれると、笑ってくれた小十郎。


でも―・・・
何で今、こんなに苦しいのだろう。
俺は今こんなにも自由で、楽しくて、苦しい事なんてあるわけないのに、ふとした時に、ズキンッと心臓を切り裂かれたような痛さが胸を傷つける。



「まーさむねぇ、釣れたかぁ?」
「NO!!!ピクリともしねぇよ・・・。本当にこんな枝で魚が釣れンのか?」
「何言ってンの!!!上等の釣竿だぜこれ!!!」
「・・・上等ねぇ?」

釣竿と言われ渡された長い枝に付いた細い糸の変なモノ。

釣竿と言われるそれを川に浸けて早一刻。

実に暇だ。

「あーダメダメ!!!そんな幸薄そうな顔してたら連れないよ!!!もっと笑顔笑顔!!!俺を真似てみなvV」

そう言って、慶次はデヘヘッと笑って、釣糸を垂らした。

「―・・・おッ、掛った!!!」
「ha?!マジかよ!!!」
「おりゃー!!!」


ザバッと水面が跳ねる。


「―・・・魚?」
「ぅ、う〜ん・・・これは布切れ・・・だよ。」
「川には布切れが良く流れてくるのか?」
「・・・滅多にないね。」

慶次は苦笑してその布切れを針から外した。

「滅多にねぇなら凄いじゃねぇか、良かったな?」
「はは・・・、政宗は変わってんなぁ。でも嫌いじゃないよ!!!むしろ大好きな位!!!」
「・・・そりゃどーも。」

この年で何も知らない俺は、端から見れば変わり者にしか見られないだろう。
基礎的な知識はあるものの、世間は知らない事の山だ。

「釣りは止めた!!!川に入ろう政宗!!!」
「えぇ・・・嫌だ。冷たいだろ?」

川の近くに居るだけでも何だかヒンヤリする位だ。

でも―・・・

何か落ち着く。

「我儘言わない!!!入った入った!!!」
「ちょっ―?!」

持っていた釣竿を取り上げられ、背中を勢い良く押された。
そして俺は生まれて初めて川の中に飛び込む事になった。


「冷・・・てぇけど・・・、気持ちいい。何かサラサラしてる・・・。」

腰までつかって、流れに身を任せていれば、俺の汚い気持ちも流してくれそうな気さえしてくる。

片手に一掬い、水を掴む。


「―・・・透明だ。」

空気が物体化ようなモノ、水。
人間は水が無いと生きて行けないと小十郎が言っていた。

ならば川の中は人間の生命の源なのだろうか?

「こらー政宗!!!」
「っぶはぁ?!///」

水を思い切りかけられ、頭までグッショリ濡れてしまった。
冷たい水を被るのは初めてだ。
一瞬ゾクッとして、でもスゥッと何か憑き物を落とされた妙な感覚。

「難しい顔してっとモテないよ、別嬪さん!!!でも別嬪だから難しい顔も様になるから羨ましいねぇ。」
「羨ましいなんて言われた事ねぇよ。」

憐れみを受けた事は多いにあるが、憐れんで欲しいと思った事はない。
今まで比較した事もない為、憐れんで欲しいと思った事もない。
そんな感情だって教わるまで知らなかった。

「―・・・て事は俺が初めて?参ったなぁ、惚れちゃった?」
「何で??」
「え゛?―・・・い、いや・・・だから、初めての言葉に胸がキュンvVとかさ?」
「胸がキュン??」
「・・・・・・キュンてしない?」
「しない。・・・そもそもキュンて何?」

動物の鳴き声みてぇだけど、『胸がキュン』だから違うのだろう。
感情表現の一つ、か?

「なら・・・俺がそんな気持ちにしてやるよ?」

慶次は俺の濡れた前髪を掻き上げると、俺の顎を掬い、顔を近付けた。

「―・・・近付けば近付く程、政宗が恋しくて仕方ないよ・・・。ねぇ、もっと・・・近付いていいかい?」

唇が微かに触れ合う程の距離に、元親から躾られた躰は自然と慶次の仕草に連動し、俺は瞼を閉じた。

「―・・・まさむね」


「・・・もと・・・ちか―・・・」

「―・・・。」


いつまでも唇に何の感触も感じず、不思議に思って瞼を開ければ、慶次が困ったように笑っていた。

「・・・参ったな、夢の中でも現実でも敵わない・・・か。」
「・・・慶次??」

見上げるように見つめれば、大きな手で髪を優しく撫でられた。
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