乱世

□闇、音も無く
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―・・・進んだ先は、開けた血の海だった。

だが・・・。

「―・・・テメェは・・・」

見知らぬ男の下で、信長が真っ赤に血に染まり、息絶えていた。

男は俺に気付いてないのか、信長の頭を足で蹴ると髪を両手で掻き上げた。

その、冷酷な瞳に悪寒が走る―・・・。
俺の足は危険を感じ、その場に止まった。

・・・誰だ、コイツは。
信長を倒せる程の腕前ならこの乱世において名が知られていないはずがない。

男の力を遠巻きに見定めていると、ふと男がこちらを向いた。
・・・底の知れない深い瞳に、負けじと力強く睨みをきかせる。

「―・・・その銀髪は、長曽我部元親・・・だな?」
「おぅよ、俺が長曽我部元親よ!!!・・・テメェは見ねぇ面だが何処のモンだ。」

俺の問いかけに、男は小さく笑った。
否、嘲笑か―・・・。

「政宗様を良く面倒を見てくれたな、礼を言う。」
「『政宗様』?」
「俺が逃してやった代わり身の事だ。・・・それとも政宗様は名前を変えられていたか?」
「アンタが・・・政宗を・・・」

全ての始まりが、この目の前の男の手から始まったのか。
だが今更何なんだ?
まさか政宗を連れ戻しに・・・?
否、そんな事はない。
態々大枚叩いて此処まで逃したのだ。
それを態々また連れ戻すなどするだろうか。

「―・・・政宗に何の用だ。・・・それに何の目的で信長を殺した? 俺に貸しでも作ったつもりかよ。」

俺は武器を肩に担ぎ、男に近いて行った。

「貸し何か作っても意味がねぇ。・・・コイツは政宗様を誘き出す為に使ったに過ぎねぇからな?」
「使った?・・・アンタ、信長に取り入ッて裏切ッたのか・・・。」


油断した所を、ブスリ・・・か。


「仲間だと思った事がねぇからな。・・・裏切ったとは思っちゃいねぇ。全ては・・・政宗様の為に・・・。」
「・・・。」

俺は男の目の前で足を止めた。

「連れ戻すってなぁ、逃がした家にか?」
「ふっ、まさか俺がそんな事をするわけねぇだろ?」


男は酷くうっとりとした眼差しで遠くを見つめた。

「―・・・蒼龍は、俺が貰う。生まれた時から俺は、蒼龍に魅入られていたからな・・・。」
「・・・龍?」

政宗との関連性が見出せず、俺は眉をひそめた。

「長曽我部、テメェは政宗様の事を何も知らねぇ。どんな化物か、どんなに忌まわしいか。」
「―・・・。」

俺は黙って続きを促した。

政宗の事なら何だって知っておきたい。

「政宗様が代わり身だとはもう知っているな?」
「―・・・あぁ。」

あの小さな躰で、抱えきれない程の痛みや悲しみを背負ってきた政宗・・・。
そんな真似はもうさせたくない。

「腹に子が宿った状態で、代わり身となる呪術を毎日毎日掛け続ける・・・そのおどろおどろしい光景は、幼かった俺には恐怖でしかなかった。・・・当然、生まれてくるそんな忌まわしい子供等、目にも入れたくはなかった。」

・・・確かに、狂っている。
そもそも、そんな存在は在ってはいけない。
代わり身は、れっきとした生身の人間だ、道具じゃない。

「―・・・だがあの晩、雷雨が全てを覆い隠したあの時、・・・何の条件が揃ったのか、生まれた赤子に、屋敷を囲う程の蒼龍が憑いてしまった。・・・その、美しさは・・・今でも忘れねぇ。」

男は昔を思い出しながら幸せそうに笑っている。

「だがな、蒼龍は力が強く倒すのはほぼ不可能。そして災いの象徴だ。何としても封じ込めないと事は収まらねぇ・・・。そこで―」
「ッ―まさか政宗に?!」

男はさも当然の様に笑った。

「赤子は生命力に溢れているし、何より汚れがねぇからな?」
「そんな・・・理由で赤子をッ―」

助かるなら人は何をしても良いと言うのか。
だが俺にはそれを言う権利はない。
自分の欲の為に多くの人を殺めた俺には何も言えない―・・・。

「―・・・その時俺は、あの蒼龍に遣えようと決心した。あの龍だけに・・・。」

龍に遣える等聞いた事もなければ考えた事もない。
この話自体、浮世の物ではないようだ。

「始めはどんなおぞましい姿に成長するのかと思っていたが、知っての如く、人形の様な美しい姿に育った―・・・。矢張り、あの美しさは本物だと改めて思い知ったもんだ。―・・・そして思った。俺の物にしてしまえ、とな?」
「―・・・テメェ。」

政宗の身を案じていたのではない、という事か。
だがこれでハッキリした。

「アンタの傍に、政宗はやれねぇ。・・・政宗はもう俺のモンだ。奪える所は何一つありゃしねぇよ。」
「・・・なぁに、話し合い等毛頭考えちゃいねぇ。」

男はスラッ、と刀を抜いた。
力がどれ程かは知らないが、無傷相手にこちらは深手、戦いは極めて不利だ。

「はんッ、だったら話は早ぇ!!!」

俺は武器を振り上げた。

「・・・死なせはしねぇ。政宗様が悲しむからな?」

おどけて男が言い放つ。


―ッ、何が何でも負けらんねぇ。
政宗は俺の光だ。
俺の闇を浄化してくれる暖かい光。

失いたくない、奪われたくない、そんな事考えられない位俺はもう・・・。

お前を欲してる。





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