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□辞書(4)
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結局長く退屈で頭に入らない授業が終わった後も、先生に呼び出しを受けたり、移動教室だったりなんだかんだで、あれよあれよという間に放課後になり、部活になりということで、学校で辞書を開けることは遂に出来なかった。いつも通り練習でへとへとになって帰る頃には、辞書への興味も大分薄れてしまっていて、玄関に入ると真っ先にそれを開ける!なんてことはなく、いつも通り飯を食って、風呂に入って、ベッドに倒れ込んだ。うとうとし始めると、ふと今日の辞書のことが気になりだして、そうなるともう寝ることも出来そうになかったから、重い体を起こし、ようやくにして投げ出されたカバンの中からあの国語の辞書を取り出したのだった。

本当に今日の田島はどうしたというんだろう?

あの後の練習での田島は至極普段通りで、あれ以上辞書どうのこうのとは言わなかったが、なんだかそれが逆に田島らしくなくて(感情に素直なヤツだから、今までは気になることは解決するまで何度でも、そりゃあもうしつこいくらいに聞いてきていた)おかしな感じだった。あんなに真剣に言っていたから、気になってないハズはないだろうに・・・

ベッドに腰掛け、分厚いくせにやたら薄い紙の辞書をパラパラとめくっていく。まさか田島が辞書を返すときに、何か大切な連絡を託していたのだろうか?それを田島が俺に伝えたにも関わらず、聞き逃していたのだろうか?けれど、それはすぐに否定される。大事な連絡であれば、口頭で言えばいいのだ。複雑な内容であったとしても、わざわざ辞書に紙を挟んだり、あるいは辞書に書いたりしたとしても、そんなまどろっこしいことはしなくても、いくらでも早く正確に伝える方法はあるのだから。
よくよく冷静に考えてみれば、あの田島だ。単にすごく上手く落書きが出来たとか、思いつく限りの卑猥な言葉全部に目印を付けたとか、そういうことであるかもしれない。というか、実際それしか考えられないし、あいつのことだからそんなくだらないことにでもあれほど真剣になれても不思議ではない。天才となんとやらは紙一重、というのを体現したようなヤツだ。
そんなことを考えながらパラパラとめくっていっていると、ふとその無機質で色のない紙の上に、不釣り合いな蛍光色のピンクが目に入った。なんだやっぱりか、という気持ちが瞬間的に浮かぶと共に、少しほっとした。
――やっぱり田島は田島か――
どうせエッチな言葉にでもマーカーを走らせたのだろう。それよりも落書きをすんなっつったのに・・・と、微笑ましいようなムカつくような複雑な気持ちになりながらも、俺はそこに引かれたピンクの線の下の文字を確かめようとページを大きく開ける。
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