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□辞書(2)
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ホームベースを踏んでからも、まだイマイチ自分がしたことが信じられなくて。チームみんなにベンチですげえ囃されて、騒がれて、モモカンに「気を抜くな」って喝入れられて、でも誉められて。そこでやっと「俺ホームラン打ったんだ」なんて、実感湧いてきて、すげえ震えた。あの時の気持ちは、ホント多分二度と忘れられない。みんなが次の打者を応援するころになっても、まだちょっと歓喜の震えが止まらなくて、キャプテンだってのに、メンバーの壁の後ろから、俺は声を出していた。
勝てないかもしれないから、勝てるかもしれないに試合の流れが変わった。変えたのは、俺が絡んだ得点。野球を長くやっていても、そう味わえることのない高揚感。なんて気持ちいい・・・

「花井」

震えた息を吐き出したと同時にかけられた、そのいつもならそいつが出したとは思えない静かな声で呼ばれた俺の名に、俺は振り向く。
「田島」
ベンチの奥の方に立つ田島の顔には陰がかかり、こちらからは表情を伺い知ることが出来ない。さっきのはホントにこいつが出した声か?
「お前・・・どうしたんだよ、いつもなら真っ先に応援してんだろ?なんでそんな後ろ・・・」
「んー、応援はするよ、ゲンミツに、さ」
答える声は普通。いつもと変わりない。ただやはりその表情は分からないままだ。
「なら前来いよ」
その時の俺は、何故だか田島の顔が見たかった。もしかしたら、ショックを受けてるんじゃないかって、その顔を見てちょっとした優越感を味わいたかったからかもしれない。ゆっくりと田島は歩を進め、その顔がだんだんとクリアに曝されていく。口元、鼻、そして・・・

―――なんだ・・・普通じゃねえか・・・―――


完全に現れた田島は、いつもと全く変わらない、マジに拍子抜けするぐらいに普通だった。
「ほら、早く応援し・・・?」
あまりのなんでもなさに、興味が失せたのか、俺は体を試合に反転させながら、田島に言葉を投げかけた。だけど、その行為は中途半端なまま止められる。田島が俺の腕を、ガッチリと掴んだからだ。目線を田島に合わせれば、身長差のせいか、前を向いてる田島の頭上しか俺には見えない。その行動の意味を問おうと開けた口は、顔を上げようとする田島の気配を感じ、不自然な形で固まった。ゆっくりとその角度を変えていく田島の頭をただ眺める俺。
視線と視線が交差する。




その時の田島の目
















今も俺を、捕らえて離さない。
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