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□辞書(4)
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「・・・・・・」
心臓が一度ドキリと高く跳ね上がった。それが合図となったように、顔が沸騰しそうなほど熱くなる。開いた口が塞がらないというのはこのことか、しかし決して呆れたわけではなく、あまりの驚きに声を発することを忘れてしまったのだ。

そこには俺の名前の元である木の名前、『梓』という字がピンクで強調された辞書があった。さらには、そのとなりに黒ボールペンで書かれた『あいたい』という、見覚えのあるクセ字。明らかに、田島の字だ。

情けなく開いた口を2、3度魚のように開閉させた後
「何・・・これ・・・」
それだけをようやく言葉にすることが出来た。
訳が分からなさ過ぎて、話についていけない俺を自覚する。ただ頭の隅っこでは自分に都合のいいように解釈しているのか、ドキドキと早鐘を打つ心臓と、熱の収まらない顔がやけに現実的だ。
「・・・え・・・?え・・?」
辞書を穴が開くほど凝視しながら、言葉にならない声を発する俺。頭の中はすげえぐるぐるしていて気持ち悪い。
――落ち着け・・・!落ち着け・・・!!――
『梓』は俺の名前だ。辞書にはそれが強調されるようにマークされている。そしてその隣には田島が書いたと思われる『あいたい』の文字。よもや梓という木に会いたいということはないだろう。なら、もしかして、田島が俺に・・・?







いや、待て。







浮かれた考えが身を潜め、さっと冷静になる。そうだ、

――男同士じゃねえか・・・――

何故『あいたい』というそれが、恋愛対象にしか使わないことがある?忘れていた、これは『友達として』だ。男が男に恋するなんて、普通のことじゃないなんて、わかっていたハズじゃないか。普通、一般の解釈はやはり『友達』。
それに頭を冷やせば、この『梓』は俺ではないかもしれない。梓なんて名前、どちらかといえばやはり女性に多いハズだ。田島が知っている女性―そして田島が『あいたい』と思う女性―の名前が『梓』であっても、何ら可笑しなところはない。むしろ俺に向けたもの、と考えるより、可能性はこちらの方が高いだろう。

自分の考えに、胸がツキリと痛んだ。田島を好きになってから何度も味わった痛みだが、全く慣れることはなく、毎度毎度傷を残していく。

俺は辞書をほっぽりだし、乱暴に布団の中に潜り込んだ。
なんてことはない。田島のいつもの悪ふざけだった。
それだけ。

それだけだ。


明日会ったら、いつも通りの俺で、いつも通りのトーンで、いつも通りに叱ってやろう。

――もう考えんのやーめた!――

思考のドツボにはまる前に、俺は考えを振り切るみたいに、布団を頭から被って、そうしてリモコンで電気を消した。








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