檜佐木修兵 短編

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布団の中で目を瞑れば、




数秒で夢の世界に旅立てる寝付きの良い私だけれど、





今日だけは違う。






眠れない…





眠れぬ夜の子守唄







……眠れない。





漆黒の闇に包み込まれ、星も月も無いある日の宵。



時刻は間もなく日付が変わることを示している。




そんな静かな夜、



ある一室だけは、庭に面した縁側に部屋の光を漏らしていた。



障子越しに、明々と灯されている明かりが眩しい。




この邸宅は、九番隊副隊長・檜佐木修兵の自宅であり、この部屋が彼の寝室である。



正確には、この部屋は寝室であり、彼が自宅で最も多くの時間を過ごす、ゆとりの場であり、



更に言えば、



ここは、彼自身のみの寝室ではない。







紙の上を墨を浸けた筆が滑る音が響く。



それがぴたりと止まったかと思えば、ぴらっと紙を捲る音がし、再び筆が真っ白の紙に黒い跡を残していく。



その様子は見ていないが、音を聞けばどんな様子か想像できる。



布団に包まれ、顔だけを外に出し、側面の壁を瞳に映してその音を聞いていた光は、ぴくりと肩を震わせ、長かった沈黙を破った。



「ねぇ…修兵…」


「…ん?…何だ、まだ起きてたのか?」



修兵は発せられた彼女の声に反応し、くるりと後を見た。


だが視線は絡まない。



光は相変わらず横になった状態で、修兵から見たら光の頭しか見えない。



「珍しいな。もう光が布団に入って一時間ぐらいたつぞ?」


再び机に向き直り、筆を動かし始める修兵。



また始まった作業の音に、光は不快感を感じ、再び声を発した。



「眠れないの……」



その発言に、今度は修兵がぴくりと肩を震わせて反応した。



「…珍しいな。何かあったのか?」


「………」


修兵は再び、自身の後方に敷かれた布団に視線を移した。



それに横たわる彼女とは相変わらず目が会わない。



「…まだ…」


「あ?」


「まだ…寝ないの?」



修兵は少し思考を停止させた。



そしてちらりと明かりに目をやる。


「……眩しくて寝られなかったのか?」



と、口にしてみた。



しかし返事は



「…ううん。そうじゃないけど…」



その返事に修兵は、心の中で「そうだよな」と思った。


光はとても寝付きが良く、布団に入ればすぐに寝息をたてる。



例えどんなに明々と灯りがともっていても、である。



それは、同じ家で過ごしてきた恋人である修兵にとっては、百も承知のことであった。



だからこそ、修兵は自宅に持ち帰った書類をこうして灯りをつけたままこなしていた。



「光を家に一人で居させたくない」と、なるべく残業をしないようにしている修兵が、自宅に書類を持って帰り、職務を深夜まで行うことはそう珍しいことではない。



光は修兵が夜、家に居ることに安心しているし、灯りのことを気にすることもなかった。



しかし、だからこそ




寝付きの良い彼女が「眠れないの」と言ったことは、かなりの問題だった。



灯りのせいではないとわかっていながら、確認のために尋ねた修兵はさらに困惑した。




何故光は眠れないのだろう?




「……具合い悪いのか?」


立ち上がり、光の顔を覗き込むようにしてしゃがみこむと、




うるんだ大きな瞳に、自分の姿が映った。





「……何かあったのか?」


その瞳にどきっとしながら、修兵は光の額に手を当て、熱が無いことを確認しながら、彼女の悲しげな瞳を見つめた。


「………熱はねぇな。」



光が答えるより先に、修兵はそう呟くと、少しだけほっとした表情で、再び光を見つめた。





「………ごめん……」



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