檜佐木修兵 短編
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熱い、蒸せるような真夏の夜
昼間けたたましく鳴き叫んでいる蝉の声も消え、強烈な日差しも無い。
だが湿度と下がらぬ温度が合わさると、まるで酸素が無いかのような、息苦しい空気に包まれる。
日本特有の湿度の高い夏にはよく見られる情景。
そして日本に類似した環境にある、ここ・尺魂界も例外ではなかった。
熱サ二負ケズ
「熱帯夜」と呼ぶにふさわしいこの蒸し暑さに眠気が加わると、多くの者が不快感を訴え眠れぬ夜を過ごす。
風の無い暗闇に、満月が神々しい光を浴びせ、周りの星々の光を衰えさせる。
そんな中、九番隊副隊長・檜佐木修兵は、自宅への帰路についた。
じんわりと額に浮かぶ汗を感じつつ、自宅にたどり着くと、真っ先に寝室に向かう。
もちろん、寝室の役割は「眠るため」だが、この時・彼が向かった理由は違う。
静かに障子を開けると、そっと室内に入った。
修兵が極限的に静寂を保とうとしているのは、今が真夜中だからではない。
この部屋で愛する者が夢の世界へと旅だっているからである。
部屋に入ってすぐ、彼はきちんと敷かれた二組の布団の奥側に、目を向けた。
探しているのは、己の愛する者・光の姿。
しかし、薄明かりの中での視界には、光の姿 を捕えることができなかった。
暗いから見付けられないのではない。
彼女が布団の中に『いない』のだ。
修兵は眉間に皺を寄せると、つり目がちの漆黒の瞳をじっと一点に集中させた。
敷かれた布団は、今まで彼女が寝ていたであろう形跡が全くと言っていい程無い。
しん、と静まった部屋に、カチ・カチという時計の小さな音のみが響く。
修兵が時計に目を移すと、時刻はもうすぐ日付を変えようとするところまで迫っていた。
しかし、普段であれば、もう眠りにつく態勢に入っているであろう光はいない。
「…風呂にでも入ってんのか?」
心なしか不安そうな声が、修兵の口から発せられた。
彼が寝室に訪れたのは、寝ているであろう光の寝顔を見て「ただいま」と一言囁き、自宅に帰ってきたのだという微かな・しかし貴重な幸福に浸るためであった。
残務処理に終われ、疲労した彼の心身は確実に光という癒しを求めていた。
修兵は部屋の外の奥へと足を進めた。
障子を開き、庭に面した縁側に出ると、微かに涼しい風が頬を霞めたが、それも一瞬で、風が止めば生暖かい風に包まれた。
「…………修兵?」
ふと、カタンと音がして、
名を呼ばれたことに肩をびくりと一瞬震わせた修兵。
向けた視線の先には、探していた愛しい者の姿。
寝間着姿で縁側に腰かけている光の姿が月明かりに照らし出されると、修兵はほっと安堵の息を漏らした。
「…こんなとこにいたのか。びっくりしたぜ。」
「ごめん、ちょっと涼もうと思って…」
パタパタと顔をうちわで扇ぎながら、少し光は微笑んだ。
「…修兵」
「ん?」
「おかえり」
光の隣に足を進めると、立ったままの自分を見上げて微笑む彼女。
自分を見上げる瞳も、風呂上がりの髪も、暑さのために少しはだけた寝間着姿も、
すべてが修兵の目を惹き付け、彼を魅了した。
思わずじっと見つめてしまうと、光が「修兵も座る?」と尋ねてきた。
修兵は「そうする」と言うと、静かに光の隣に腰かけた。
虫の鳴き声もしない、静かな夜。
ちゃぷっ、という水音がして光の足元に目をやると、桶に張った水に足を浸けていた。
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