檜佐木修兵 短編
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「涼しそうだな」
ふっ、と修兵は笑った。
光もまた修兵に微笑み返すと、ぱしゃぱしゃと音を立てるように足を軽く動かした。
「冷たくて気持ちいいんだよ」
そんな彼女を見て、修兵も満足気な様子で、広がる波紋を眺めていた。
「……ねぇ、修兵?」
光が己の足元を見つめながら、静かに言った。
「修兵にとっての『今の幸せ』は何?」
修兵はその言葉を聞くと、視線をゆっくりと光に向けた。
「…『今』の?」
「そう、『今』の修兵の幸せ」
修兵は考え込むように、じっと光の横顔を見つめた。
「…『今』の私の幸せは『修兵が私のそばにいてくれること』だよ」
修兵の方を見つめた光の瞳は真っ直ぐで、
そんな瞳から、修兵は目を離すことができなかった。
「『今の修兵』の幸せと『未来の修兵』の幸せは違うかもしれないじゃない?」
光は何も答えない修兵を見て、微笑みながら
「…じゃあ……『明日の修兵』の幸せは何?」
と問掛けてきた。
その時、修兵ははっと何かに気が付いたかのように、月明かりに照らされた縁側から室内の漆黒の闇を見つめた。
部屋の時計の針は、まさに日付の変わりを告げようと忙しく動いている。
「…じゃあさ、光」
「ん…?」
「『明日の光の幸せ』ってのは何なんだよ?」
『今の光の幸せ』が『修兵のそばにいること』で、
『今の光の幸せ』と『明日の光の幸せ』が違うなら、
『明日の光』は修兵と一緒にいることを願っていないということになる。
「……きっと未来の私の願いは…」
ちゃぷっ
水音が響いた後、訪れた静寂の中で聞こえた光の声。
「一生、修兵のそばにいたい…」
それが耳に届くとすぐに、ざわっと木々が葉を鳴らし、強い風が吹いた。
突然の風に光の長い艶やかな髪がかき乱されかけ、思わず光は目を瞑り、片手で髪を押さえようとした。
その瞬間、涼しい風が当たるはずの体は暖かなものに包まれた。
閉じた瞳をゆっくり開けると、止んだ風の中、愛しそうに自分を抱き締める恋人の姿が目に映った。
「…あのさ、光」
「…うん…?」
「今の俺の願いはさ、『早く光を抱き締めたい』だったんだ。」
暑いから嫌かもしれないけど、と苦笑いしながら付け加えると、光は「大丈夫だよ」と答えた。
「…で、未来の俺…っーか、明日の俺の願いは…」
その瞬間、修兵は光を更にきつく抱き締め、彼女の耳元に唇を寄せた。
「 」
直に届いた熱い言葉に光の瞳が軽く見開かれると、すぐに修兵は彼女の薄紅の唇に自身のそれを静かに合わせた。
二人が繋がったその瞬間、カチリと静かな暗闇に機械音が響くと、
ボーン、ボーン…と寝室の時計から、日付が変わったことを意味する音が広がった。
「………修兵」
「ん…?」
時計の音が鳴り止むまでの間、何度も触れるだけの口付けが交され、音が止むとそっと離された光の唇から言葉が紡がれた。
「……お誕生日、おめでとう」
「ん…ありがとな…」
修兵は優しく、愛しそうに微笑むと、再び光に口付けを落とした。
再度唇が離れ、互いの濡れた瞳が相手の顔を映すと、光は修兵の胸に顔を押し付け、修兵はそんな彼女の後頭部を優しく撫でた。
修兵の胸の鼓動を聞きながら、ねぇ、と彼に問掛けた。
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