〜なくせに

□バカ
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バカなくせに




あいつと初めて会ったのは、学院の入学試験の日だった。



『隣、いいか?』

『え?』



長身の男子学生が、私が着いた席の横に立っていた。

それが、あいつ。


私の返事を待つことなく、そいつは私の隣の席に座った。



『お前、名前何て言うんだ?』

『…人に名前を聞く時は、自分から名乗るのが礼儀では?』

『あ…』

『?』



あいつは、一瞬驚いた顔をして、そして笑い始めた。


『そうだよな、悪かった。つーかお前、女だったんだな?(笑)』

『はぁっ?!』

『悪ぃ悪ぃ、怒るなよ。俺の名前は……』






「上総」


背後から、とても聞き慣れた声に呼び止められる。



「…何?」

「先生に、これお前に渡してくれって頼まれた。」



ひらり、と一枚の紙を渡される。



「…あぁ、ありがとう。」

「いえいえ。」

「………じゃあ。」



私は再び前を向き、歩み始める。


五年間通った学院の廊下は、もう自宅の廊下の様に見慣れてしまった。


そして…



「………檜佐木」

「なんだ?」

「どうして着いて来るの?」



この男も、見慣れた。


五年前、初めて会ったあいつ。


檜佐木修兵。



「なんでって言われても…俺もお前も行き先は同じなわけだし。」

「だからって隣を歩く必要はないんじゃない?」

「クラスメイトじゃねぇか。相変わらず冷てぇな。」



あんたは相変わらずバカだよね。


そう言いたかったが、心の中で毒付くだけに留めておいた。


事実、こいつはバカだけどバカじゃないから。




「もう次の試験に向けて勉強してるのか?」

「…次は絶対負けないから。」

「惜しかったよな、一点差だったもんなぁ」




あぁっ…

すごくムカつく!!


何でこんなやつが首席なわけ?!


何でこんなやつに、一点差で負けちゃったの私!!


悔しい…悔しすぎる。


こいつは確かに頭いいけど…

でも!


こいつはバカなのよ!



「上総」

「…何?」

「お前、髪伸びたな。」



さらり…


漆黒の髪の先を、長い指が絡んで来た。


それに驚いた顔をあいつに向ければ、あいつは私の瞳を捕える。



「…やっとこっち見たな。」

「…気安く触らないで。」

「昔は髪短かったよな…でも今の方が似合ってる。こっちのが可愛いな。」

「なっ…!?///」

「お?照れてるのか?(笑)」


パシッ!


未だ私の髪に触れていた檜佐木の手を、叩き払った。


「っと…相変わらず手厳しいな。」

「…あんたは相変わらず無神経ね。」

「そうか?」

「最低」



きっと睨むと、再び前を向き歩み始めた。


檜佐木はその場に立ち止まっていた。


どんどん距離が離れていく。



「…上総!」


少し大きめの声で、檜佐木が私を再び呼び止める。


私は立ち止まったが、振り向かなかった。


檜佐木は、バカなんだ。


「…次の試験、賭けねぇか?『勝者が敗者に1つ命令できる』…どうだ?」



初めて会った日、髪が短かった私を『男』だと思って話しかけてきたんだ。


確かに髪短かったし、藍色の袴着てた。


でも、そんなに間違えられる程男みたいじゃなかったはずだし!


私がどれだけ傷付いたか知らないんだ。


バカ!



「俺が勝ったら、一日俺に付き合う。…賭けるか?」


バカなくせに…


「…絶対…負けないから。」


そう言い放つと、前へと足を進めた。


次こそは、絶対負けない。


檜佐木に勝ちたい。




檜佐木は、バカなくせに、私より一歩先を歩くんだ。

バカなくせに!



私の気持ちなんて知らないくせに…



バカなくせに…



私の瞳を惹き付けてる。











……バカなのは、私の方かも。



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