〜なくせに

□弱虫
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弱虫のくせに



天気の悪い夕方。


授業が終わり、院生がいなくなった教室。


夕陽でも射してりゃ青春って感じなんだが…



灰色の空は、厚く光を遮っていて


誰もいない教室を、より不気味に演出していた。



勿論、俺ら霊体が『オバケ』なんて信じてるわけじゃねぇが…



「何か…気味悪いな。さっさと帰るか。」



机の引き出しに、うっかり忘れちまった教科書を、真面目にも取りに来たわけだが…



ガタ…



誰もいないはずの教室…



…だったんだが、予想が外れたみたいだ。




「…上総?」


「っ?!…ひ、檜佐木?!」



後から教室に入ってきたのは、上総。



「どうかしたのか?」


「なっ…何でもないわよ。ただ忘れ物しただけ…!」


そう言うと、彼女は俺の横をツカツカと通り過ぎ、忘れ物をしたらしい机へと向かう。



「奇遇だな。俺も忘れ物取りに来たんだよ。」


「…そう。じゃ、私は帰るから…」


ぱぱっと忘れ物の教科書を取ると、再び俺の横をすり抜けて行こうとする上総。



パシッ



思わず引き止めた腕は、細くて柔らかかった。



「っ?!…何よ?!」


「寮まで送るからちょっと待ってくれよ。俺も忘れ物とったらすぐ帰るし。」


「別に一緒に帰らなくたって…!」


「いいじゃねぇか、別に同じ方向に帰るわけだし…」

すると、俺の手を振り払って、上総が冷静な目を向けた。


「…檜佐木、前からはっきりさせておこうって思ってたわ。」


「なんだ?」


「私は…」



裕香が何か言おうと口を開いた瞬間、


カッ、と


眩い閃光が、俺たちの体を側面から照らした。




ドーン!!


ゴロゴロ…



「雷…か?あーびびったな上総……?」



窓の外はいつの間にか暗くて、おまけに雨まで降り始めていた。



突然の雷に驚いて向けた視線を、上総に戻すと、



「…ぉ、おい、上総?」



上総は顔面蒼白で立ち尽くしていた。



「どうした…」




俺が最後まで言い終わらない内に、再び眩い閃光が瞬いた。



ピシャーン!



俺が今、目を見開いてるのは、



「…上総?」




雷が光ったからじゃねぇ。



「お前…雷がダメなのか?」



あの上総が、



しゃがみこんで、耳押さえて、震えてるからだ。




女子が苦手に思う、虫だって、蛇や蛙だって、鼠だって平気な上総が、



例え獰猛な熊や狼が出たって、叫び声をあげないような、強くて気丈な、あの上総が、




今はただ恐怖に震えている。




五年間近くこいつを見てきたが、こんな姿を見るのは始めてだ。



弱点がまさか雷だったとは…



「ぉ、おい、大丈夫か…?!」


「だっ、大丈夫だからっ…!!」


しゃがみこんで、震える上総の肩にそっと手を伸ばすと、はっとしたかのように上総が手を振り払おうとした。



が、



俺は振り払おうとした彼女の手を逆に捕まえて、そのまま自分の方に引き寄せた。


「っ?!なっ、ちょっ、檜佐…///」

「暴れんな。じっとしとけ。」


俺は上総をしっかりと抱き締めて、彼女の後ろで交差させた両手で上総の両耳を塞いだ。



眩い閃光が再び瞬く。


彼女は先程と同じようにしっかりと目を瞑っている。


しかし、耳を塞がれた分、音は然程聞こえないのか、幾分落ち着いた感じがした。


それでもやはり、雷が余程怖いのだろう。


あの上総が、


強気で、俺に弱みを見せたくないだろう上総が、



俺の袖をぎゅっと握った。



「…弱虫のくせに」



今の彼女に音が聞こえないことをいいことに、少し笑ってそう呟いた。




弱虫のくせに強がる彼女が愛しい。



そして、その彼女を離したくないと、


どうか、きみがこんな姿を見せるのは俺だけでありますようにと




願ってしまった弱い自分を


気持ちも伝えぬまま、彼女の弱さに甘えて彼女を抱き締めている自分を



俺は自嘲するかのように呟いた。





「弱虫は、俺の方かもな」





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