〜なくせに

□泣きたい
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泣きたいくせに



息が止まるって、こういうことを言うんだ。


『和泉さんが好きだからですか?!』


『…違うよ。俺はあいつが好きなんじゃないんだ。』

檜佐木がそう言った瞬間、胸が締め付けられて、苦しくて

息が止まったような気がした。


気がついたら、走っていた。

逃げるように、速く、遠く。

早く楽になりたくて、苦しみから解放されたくて、


走って

走って


…ううん、違う。



逃げたんだ。


聞きたくないものを聞いてしまった。


だから、逃げたんだ。


笑っちゃう。


何も意外ではなかったはずなのに。

あいつの言葉に何も期待してなかったはずなのに。


あいつにとって私はただの級友で、

私にとってあいつはライバルで、

ただ、それだけなのに。


なぜ私は逃げてるの?

何に傷付いたっていうの?


全力疾走して、闇雲に走って、

とうとう我慢できないほど息が詰まって、苦しくて立ち止まった。


はぁはぁと荒く吐き出される息を整えるために、胸を押さえて俯いた。


「っ…はは…あはは」


人の告白現場なんて見るもんじゃない。

気分が悪くて仕方ないんだもん。

あんまり気分が悪くて、笑えてきちゃう。


そう考えて眼を閉じた時、
ポタッと雫が地面に落ちて吸い込まれた。


「…あ」


滲んだ視界。


初めて気がついた。


私、泣いてるんだ。


なぜ泣いているかわからない。


私はその場に崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。


「…っ…」


パタパタっと音をたてて、大きな水玉が乾いた土の上にどんどん模様を着けていく。


はっと気がつくと、それは涙ではなく雨で、いつの間にかザァッと激しく降りつけていた。

顔に容赦なく降りつける雨が涙を洗い流し、熱くなった眼を冷ましていく。


私はその中で、ただ呆然と空虚な薄暗闇を見つめていた。



―…



あの日以来、試験勉強にばかり専念した。

恐ろしいほど私は冷静で、ただ時々目眩がする程の頭痛に襲われたけど、頭はしっかり冴えていて、試験も確実に解いていけた。

檜佐木のことは考えていなかった、いや、考えないようにしていた。



試験最終日の朝、あいつに声をかけられるまでは。



「よう。今日が試験最終日だな。調子はどうだ?」

「…別に。順調よ。」


いつも通りの様子で声をかけてきた檜佐木。


忘れていた感情…怒りとも嫌悪ともとれる感情が込み上げてくる。


「…あんたになんか、絶対負けないから。」

「おい、上総…?」

「あんたが負けたら、私に二度と話しかけないで。」


正直、賭のことなんてこの瞬間まで忘れていた。


でも、私にはチャンスだったんだ。



「おい、どうし…」

「二度と私に近づかないで!」


檜佐木と訣別すべきなんだ。

誰かと馴れ合うなんて、何のためにもならない。


ライバルは敵だ。

私にとって檜佐木は






あいつを睨んだ瞳は熱を持ち、微かに潤んだ。


でも、涙は出ない。



泣きたいくせに…



私は檜佐木に背を向け、歩きだした。





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