〜なくせに

□いらない
1ページ/1ページ

いらないくせに



欲しいのは名誉でも美貌でも

愛でもない


欲しかったのは安らぎと、それを守れる力だった。



試験結果発表の日。

廊下に張り出された成績順位表に群がるように集まる生徒たち。

その後方から、順位の先頭部分に真っ先に目をやった。



一位 和泉上総


満点

一位



見た瞬間、静かに、だが大きく一息吐いた。


ようやく欲しかったものが手に入ったはずなのに、

安堵の吐息はまるでため息のようだった。



しかし、それもつかの間。



一位 和泉上総
   檜佐木修兵



まさか、首位が二人ってこと…?


落ち着き始めた心臓がドクンと跳ねた。


どうしてあいつは、私を落ち着かせてくれないの?


私が欲しかったものをたくさん持っているのに…!


私は人混みに背を向けて歩き始めた。


頭が重くて、痛い…


手を額に当て、軽く目を閉じれば、暗闇の世界が待っている。



『あんたなんていなければよかったのに』



びくっとして目を開く。


汗がつぅっと背筋に流れた。


嫌なことを思い出した。



まっすぐに伸びた長い髪を掴み、握りしめた。


「上総」


びくっと肩を振るわせて、声のした方を見るとすぐ近くに檜佐木が立っていた。

「…何よ、笑いにきたの?」

「何で笑うんだよ。今日の午後からの一回生の実習引率、俺と上総と青鹿らしいぞ。」

「試験のトップ三人で特進学級の引率ってわけ?…あんたと一緒だなんて最悪ね」

「…お前顔色悪いぞ?大丈夫か?」


そっと大きな手が額に触れた。


『大丈夫か?』


「っ…」


『上総の髪は綺麗だな。』


「あ」


『上総のせいじゃないよ』


「あぁ…!」


『あんたなんかいなければよかったのに!』


「いやぁ!」


頭に侵入してきた過去の記憶を振り払うように、檜佐木の手を振り払った。


「上総…?!お前、すごい汗…」


「私に構わないで!あんたなんか…」


『あんたなんかいなければよかったのに!』


「…っ」


急に視界が回転したかと思うと、ぐにゃりと歪んだ。

「上総…!」


檜佐木が抱き止めてくれたのだろうか。

それとも意識が飛ぶのが早かったのだろうか。

体が床にぶつかった衝撃は感じなかった。




『上総の髪は絹みたいだね。長くて綺麗だ。』

私がまだ小さい頃、兄がそう言って毎日髪をといてくれていた。

私はその時間が大好きだったし、優しい兄が大好きだった。


異母兄妹だった。


私の母が亡くなって、父が妾の子の私を引き取ってくれた。

父と私と兄、そして兄の母の四人での生活。

父は資産家で、生前は母にも仕送りをしてくれていたが、新しい生活は前の生活も何百倍も裕福なものだった。


兄は死神になった。

学院一の秀才で、卒業前に護廷十三隊入りが決まっていた。


私は兄みたいになりたかった。


そんな時、悪夢のような悲劇が起こった。


『お母さんのお墓参りに行きたい?じゃあ一緒に行こうか。』


兄は私の手を引いて、流魂街の外れに連れて行ってくれた。


厚い雲が覆った空は潤んでいて、今にも雨が降りだしそうだった。


ゴロゴロと遠くで雷鳴がした。


ピカッと空が光った瞬間、私と兄の影の後ろに黒い物が映った。


『っ…上総!』


ドンっと体を突き飛ばされ背中に衝撃が走った。

痛みの中で開いた視界に真っ赤な飛沫が舞った。


『…上総』


刺し違えたのだろうか、

大きな虚には斬魄刀が突き刺さっていた。

そして兄の体にも虚の大きな爪が突き刺さっていた。


『いやあぁあぁぁ!』



虚が砕け散った後、私は兄に駆け寄った。


『上総…大丈夫か?』


崩れ落ちた兄が笑ってるのが不思議で、止まらない血が広がっていくのが信じられなくて、

涙が溢れて、手が震えた。

ポツポツと雨粒が落ちて、ざぁっと音をたて始めた。

『上総』


後ろで雷が何度も激しく鳴いている。


『上総のせいじゃないよ』


雷鳴にかき消されそうなか細い声で、兄が私の名前を呼び、頬に手を触れた。


『泣かないでいいよ』


私の頬に触れた手が、するりと落ちて


兄は息を引き取った。



『あんたがいなければ!疫病神!!汚れた女の子供め!!』


兄の死に狂乱した兄の母が涙ながらに罵るのを父や使用人たちが制止させるように羽交い締めにしていた。


兄が最後に触れた頬は、兄の母に叩かれ真っ赤に腫れていた。

泣いても兄は帰ってこない。


私を庇って死んだ。


それから兄の母は病に伏した。


私は、髪を切った。

腰まであった長い髪は、耳が見える程短く切った。


初めて自分と兄が似ていることに気づいた。


切った髪は兄の墓に供えた。

兄のために伸ばした髪だったから。


私は、兄の代わりに立派な死神として生きていかなければいけない。



なのに



『名前何て言うんだ?』


『髪伸びたな』


『こっちのが可愛い』


『上総』



あいつが、私の名前を呼んだ。


自分が、自分に戻っていった。


…あぁ、そっか。


私は、檜佐木のことが……



「…ん…」


瞼をうっすらと開けるとぼんやりと天井が映った。


「あ、和泉さん、気がつきましたか?」

「…ここは…?」

「医務室ですよ。すごい熱でしたけど、だいぶ下がったみたいですね。」


医務室の先生が視界に入る。

「私…廊下に…」

「あぁ、檜佐木くんがあなたを抱えて来てくれたんですよ。すごく心配してたけど、今は実習に…」

「…実習!」


私はがばっと起き上がったが、頭がひどく痛み、額を手で押さえた。


「まだ寝てないとダメですよ。実習はあなたの代わりをたてて行うと言ってましたし、もう実習が終わってる時間なんで、もうすぐ檜佐木くん達も戻ってきますよ。」


倒れてから何時間も経っていた様で、時計に目をやればもう夜になっていた。


「はい、薬です。飲めますか?」


先生が湯呑みを差し出したので、受け取った。



その時


ガラッ!


勢い良く医務室の扉が開かれた。


「先生!大変です!現世で実習中の一回生が虚に襲撃されました!」

「被害は!?」

「まだはっきりしていませんが、引率していた六回生を含め数名が死傷とのことです!」


血が、ざわめいた。


「あっ!和泉さん?!」


気がつけば、私は駆け出していた。




気がついたんだ。


私を『私』として見てくれていたのは、


檜佐木だけだったんだ。



名誉も何もいらないくせにしがみついてた。



檜佐木だけしか、いらないくせに…



涙で滲む視界のまま、私は廊下を駆け抜けた。




Back


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ