sweet

□☆4.照れる君
1ページ/2ページ

 
その一言で、色づく。



【4.照れる君】



「……」
「……」

揺れる電車の中、拳1つ分空けて並んで座る。

あさっては暇かと尋ねられ頷くと、そうかと言って去っていき
駅の時計の前に10時集合とだけ書かれたメールが来たのが、昨日の晩ごはんの後。
10分前に着くと、待ち合わせ場所には1人しかいなくて
まだ誰かを待つのだろうと足早に駆け寄ると、こっちに向かって歩いて来た彼が
すれ違いざまに一言、行くぞと、持っていた切符を渡してくれた。
そこでようやく、今日は2人だけしか待ち合わせていなくて
つまりはデートなんだと気付いて、方向転換するのが一拍遅れてしまい。
改札の向こうでちらっと振り返った彼を見て、慌てて後を追い掛けた。

「………」
「………」

電車に乗ってからずっと、この調子だ。

これってデート?、どこへ行くの?、聞きたい事はたくさんあるのだが
横目で見遣ろうとした先にある空気が、ぴりぴりしていて
顔を見る事も声を掛ける事もできないでいる。

手元の切符を見ると、書かれていたのは行った事のない地名。
何かデートスポットのようなものがあったかと考えるが、それらしいものは浮かばず
もしかしたら生徒会の下見か何かかも、なんて考える。

冷静に考えれば、一般生徒である自分にはそれこそ有り得ない話なのだが
そもそも彼と2人きりで出掛けるどころか、親しくお喋りをするような仲でもない。
さらに言えば、みんなみたいに“ルルーシュ”と呼び捨てにした事すらあまりない。
だから、例えば女の子が必要なのに誰も都合がつかなくって
たまたま近くにいた私を代役に誘ったんじゃないかな、と。
あの時教室には、彼と私の2人しかいなかった訳だし。
声を掛けてくれる前に、誰かと電話しているようだったから
きっとあれは、会長さんに了解でも取ってたんだろう。
メールも、クラスの連絡網用のパソコンのアドレスにだった。
そう言えば、携帯のアドレス交換はしてなかった気がする。

「………」
「………」

気まずさはだんだんと増していく。

少し浮かれていた朝の気分は、とっくにどこかへ飛んで行った。
一緒に出掛けられるという事をあれだけ嬉しく思っていたのに
それはきっと私だけで、何だか惨めささえ湧いてくる。
握りしめた両手の下、短いスリットの入った淡いオレンジ色のワンピース。
鼻の奥がつんと痛むのを、お気に入りのそれに視線を落として堪えた。

すると、ふと感じた横からの視線。

振り向くと、でもやっぱり彼は少し向こうを見ていて
気のせいかと向き直り、気付かれないように小さく息を吐いたその時。

「…私服も、可愛いんだな」

本当に、本当に小さく届いた声に、思わず息を吸うのが一拍遅れた。
本日二言目の彼の言葉がただただ信じられなくて、消化しきれていない頭を勢いよく向けてみれば
一瞬合った目はすぐに逸らされたが、漆黒の髪から朱く染まった耳が覗いている。
そこでようやく理解が追い付き、顔が、全身が熱くなった。
ありがとうとか、何よ突然とか、そんな言葉を言う余裕なんてない。

「………」
「………」

暖かな日差しの中、電車は目的地へと走る。


2人して真っ赤になった沈黙も、いつしか穏やかな色になって。



fin.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ