イザアス好きさんに28題

□05:泣かないで
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駅までの道のり、ホームで電車を待っている間、今こうして電車に揺られている瞬間も
恥ずかしさと不安がないまぜとなった気持ちが募っていく。
それを降り払うように、イザークは何度目かの同じ言葉を頭の中で繰り返した。

大丈夫、自分は間違ってはいない。…はずだと。

朝の慌ただしい時間に、テレビをゆっくり観ている暇などなく
気付いた時には点けっ放しの情報番組は、天気予報を伝えていた。
慌ててドライヤーを切ったが、お天気キャスターの声は別の地域を解説していて
画面には、この辺りの天気を示すマークだけ。雲から傘に矢印、曇りのち雨。
ならばと忘れずに持って出た傘が、仲間がいないと泣いている。
これでもしも空が泣いてくれなければ、帰りは一層いたたまれない心地になるだろう。
ドアに寄り掛かって眺めてみると、とりあえず晴れと言えるような空模様。
せめて折り畳みにしていれば…そう悔やみながら、そそくさと乗換えのため電車を降りる。
ホームの向かい側、ほぼ同時刻に着いた電車からも乗換え客が次々と吐き出され
次の電車を逃さぬよう駆け降りたい階段は、あっという間にぎゅうぎゅう詰めとなり
周りの人と密着しながら、もどかしい気持ちで1段ずつ降りていく。

と、その時。

足元ばかり見ていた視線をふと上げると、右斜め前、2メートル程のところに見慣れた後ろ姿。
藍色の少し長めのくせっ毛が階段を1段降りるたびに、柔らかく揺れるのが
この時間に急かされている状況と相反する物のように思えて、不思議な気分になる。
それを見ながら最後の段を蹴り、改札、次のホームへと進む人混みの中を駆け
気付けば同じ制服を着た集団が、整列乗車のためにそこかしこで2列に並んでいて
もちろん藍色の頭もその中にあり、2人分先、今日も同じ車両のところに立っている。

「アスラン、おはよっ」
「あ、おはよう、ラスティ」

声を掛けたのはヤツの斜め後ろに並んでいたオレンジの髪。
少し振り返ったがどうやら俺には気付いていないらしい、穏やかな笑みが浮かんでいたが
友人の「あれ?」という不思議そうな声に、どうしたのかと首を傾げた。

「何で傘持ってんの?」

一瞬、自分に言われた気がして思わず傘を握った手を後ろにやったが
前へと発せられた声はもちろん自分にではなく、まさかとヤツの手元に目をやる。
するとおずおずと恥ずかしそうに上げられた右手には、真っ黒の傘。

「天気予報で曇りのち雨って言ってたから持ってきたんだけど…」
「え、雨って夜9時すぎじゃなかった?」
「そうなのか?」
「だって見ろよ、持ってるヤツいないじゃん」

そう促されてキョロキョロと見渡し始めたものだから、慌てて目を逸らす。
やがて、本当だ、なんて気落ちした声とそれを励ます声が聞こえてきて
程なくしてそれらを、やってきた電車の音とアナウンスが掻き消した。
後ろに回した手をそのままに、幸い、列の最後尾だったため
気付かれぬようにそっと列から外れて、乗客が吸い込まれた電車を見送った。

ガタンガタンと遠ざかって行く音を聴きながら、腕時計に目を落とす。
次の電車でも十分に間に合う、それを確認してその先にある傘を見つめた。
さっきまであんなに鬱陶しい存在だったのに。そう思う自分にふっと笑う。

あぁ、こんな事で浮かれるなんて。
全く自分はどうかしている。

こんな滑稽な人間に、きっと空は笑うだろう。



2人だけの傘 だからどうか



【5.泣かないで】



fin.
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