X*A SS

□深呼吸
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例えば、こんなひと時が。



ズ……っと重みが引いていくのを、アスランは僅かに眉を寄せる事で何とかやり過ごした。
支えを1つ失った下肢はベッドに沈み、未だ痙攣している。
視界の端、汗が伝う藍色の髪の向こうで重ねられた手を眺めていると
密着していた身体だけが離れ、急に背中が冷えたような心地がした。
だが鼓動は早く、胸の奥底まで充足している事を実感できて、温かい。

幸せとは、こんな時を言うんだろうか。

…なんていう陳腐な発想が沸き起こる程度には、満たされていた。

不意に、再び背に引き締まった胸板が触れ、思わず上擦った声が漏れる。
頭上で小さく笑う気配がしたと同時、両手にこれまで以上の力を感じ
藍色と手の間に乱れのない銀糸がさらりと流れ落ちた。

「……ィザァ……ク…」

酷く掠れた声に銀糸が視界から消え、肩の辺りに降りた感触を覚える。
直後、首筋や肩、背中に熱い痛みが断続的に走ったのを、アスランは眼を閉じて受け止めた。
またしばらく、シャワールームやロッカールームでの行動に慎重にならなければいけないが
紅く散っただろうその印は、目にするたびに今を思い起こさせ、
大切な人がいる事を、確かに想い合う人がいる事を実感させてくれるから…。

「……無理させたか?」
「いや、……うん、少し……」

その声に視線をやると、身じろぎしない事を心配したのだろうか、イザークが覗き込んでいて
アスランは躊躇いながらも素直に苦く笑ってみせた。
そもそも受け入れる作りではないのだから当然だが、嫌な疲労感ではない。
とは言え痙攣はだいぶ治まってはいるものの、やはり身体は鉛のように重たいままだ。
じっとしていろと言う声と共にスプリングが軋み、両手と背中から圧迫が失せる。
左手をつき、何とか身体を横倒しにして暗闇を見つめていると
程なくして、濡れタオルとミネラルウォーターを手にイザークが戻ってきた。

「じっとしていろと言っただろうが」
「悪い」

口ばかりの反省を告げ、ペットボトルを受け取ろうとした左手は、
しかし簡単に制され、そのまま後ろへと押し戻されてしまい、
乱暴ではない力でゴロンと仰向けに返された姿は、男として何とも情けないものがある。
今更だが、一糸纏わぬ姿でいる自分と、バスタオル1枚だが腰に巻いてきた相手との差に
口をつぐんで睨み付けると、抑揚のない声で悪いと一言、…顔は笑っていたが。

「…………なぁ」
「何だ」

短い会話、問い掛けに見下ろす瞳は、言葉とは裏腹に限りなく優しい。
もう一度、今度はその穏やかな温もりに向かって手を伸ばすと
意外だったのか、少し眼を見瞠りながら後ろ手にタオルやらをサイドテーブルに置いて。
視線はそのままに右足だけ乗り上げて傾き、頭の横に置かれた両手でようやく止まった。
つ…と、その白い頬に指を這わすと、対立していた頃が嘘のように微笑み返す愛しい人。

「…どうした?」

幾らか優しさの増した声は心地よく、もっとそばで聞きたくて項へと手を絡めゆっくりと引き寄せる。

決して許される事のない、ただお互いの想いだけで繋がるこの関係。
こうして身体を重ねるたびに焦がれる気持ちはより強く深くなるのだが、
いつか引き裂かれて失うのではないかという不安が、常にアスランの心を苛む。
それはついさっき充足を感じた今も、完全に消えた訳ではなくて。
だから、間近に迫った蒼い瞳の中、自分の姿がある事に少なからず安堵する。

「…なぁ、イザーク」
「だから何だ、早く言え。俺は気が短いんだ」
「知ってる」

どちらからともなく苦笑し合い、近付いた唇で、舌で、熱を分け合う。
名残惜し気に離れた吐息に、アスランは縋り付くように言葉を紡いだ。

「お前は…お前は、そばにいるよな?」
「貴様を離す気があると?」

間髪入れずに何を今更と口角を上げる様子に、ほんの少し反応が遅れた。
知らず零れた涙を啄もうと再び降りて来た銀色に、両手を差し延べて息をする。

愛する存在を得て変わった世界、生きていくために必要な人。


そう、例えばこんな風に、呼吸さえも独りではできない程に。



fin.
 
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