starry-eyed

□距離
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【距離】



「何やってんの?琥太にぃ」

明日は祝日で休みだからと、帰ってきたのは寮ではなく自宅。
学校の寮も悪くはないのだが、元気有り余る男ばかりの高校生や
生徒以上にうるさい教育実習担当の教師は、自分に合わないし
愛しい人と甘い時間を過ごすには、あまりにもムードに欠ける。
帰宅してすぐ、疲れと汗を拭おうとシャワーを浴びて出てきた郁は
頭に載せたバスタオルの隙間から覗いた光景に、そう言葉をかけた。
目の前のダイニングキッチンからは、いいにおいがしている。

「見て分からないか?」

小さなミルクパンを軽く振りながら、彼が逆に問う。

「いや、やってる事は分かるんだけど」
「つまみが何もなかったからな。
 あぁ、冷蔵庫の中のもの、勝手に使わせてもらったぞ」
「いや、それは構わないんだけど…」
「何だ?歯切れが悪いな、郁」

そう言ってようやく振り向いた彼に
郁は率直に、その光景に対する感想を述べてみた。

「琥太にぃ、料理できるんだ」
「失礼だな。つまみを作るくらい、俺だってできるさ」

片付けるという事がこの世で1番嫌いだとでも言うように
寮の自室だけでなく、保健室までもを私物化しているこの保健医が
料理ができるなど、目の当たりにしている今も信じられない。
けれど事実、彼の手に握られたミルクパンの中を横から覗き込むと
賞味期限が気になっていた食パンが、大雑把ではあるがちぎられ
チーズとコンソメの素だろうか、をまぶされてこんがりと焼けつつある。
へぇ、と思わず郁が漏らした声に、彼は苦笑を返した。

「余り物だけの即興だから、あんまり期待するなよ」
「充分期待するよ、おいしそう」
 

素直にそう口にすると、そうかと微笑みまたミルクパンへと視線を戻す。

「それより郁、早く頭拭いて何か着ろよ。
 いくら暖房つけてるとはいえ、風邪引くだろ」
「あぁ、うん…」

バスタオルを腰に巻いただけの姿では確かにその通りだろうと
頷いて自室に向かおうとした足は、けれどその場に留まり
こちらを振り向かない後ろ姿を、郁はぼんやりと見つめた。
出逢ってからもう随分と長い付き合いになるはずだけれど
まだまだ自分の知らない一面があったのかと少し驚いていたからだ。
 
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